2024年11月29日。「MiTT」を公式に運用し始めるこの日に向けて沼田屋タクシー、CICACは「MiTT」を1人でも多くの市民に知ってもらおうと宣伝活動に力を入れた。とにかく、LINEが入ったスマートフォンでQRコードを撮影して「MiTT」を友達登録してもらわなければこの事業は始まらない。
QRコードを刷り込んだチラシを3万枚作り、ライドシェア導入を後押しした桐生市役所の窓口に置いた。それだけではなく、桐生市はホームページにこのQRコードを掲載し、「MiTT」普及に協力した。
思わぬ援軍も現れた。市内の印刷会社「太陽印刷」が、頼みもしないのに「MiTT」を普及させるためのチラシを印刷して配り始めてくれたのだ。
また小林さんたちはタクシーやライドシェアを必要とする人がやって来るはずの飲食店、ホテル、病院などを訪ね歩き、桐生でスマホ用の配車アプリが使えるようになったこと、ライドシェアも始めたことを説明しながらチラシを置かせてもらった。このチラシからQRコードを読み込んでもらうのだ。さらに今氏さんは、QRコードを印刷したステッカーを作って思いつく限りの店に貼らせてもらった。
2025年10月現在、「MiTT」を友達登録した人は6000人を超した。それでも利用率はまだ5%程度で、タクシーの注文のほとんどはまだ電話で来るが、
「いまは高齢の方もスマートフォンをお使いになっている時代です。必ず普及します」
小林さんは楽観的である。
同時に、デジタル無線に代わる「MiTT」による配車システムの構築も進んだ。長年かけてデジタル無線システムに蓄積した約30万件の顧客データの取り出しはメーカーに拒否されたものの、今氏さんたちが独自のアプリを作り、何とか2万件ほどを取り出してくれた。ほんの15分の1に過ぎないが、
「30万件といっても、ほとんどは使われなくなったものです。今氏さんが取り出してくれた2万件は、おおむね新しいもの、つまり実際にタクシーをいま使っていただいているお客様のデータなので助かりました。この2万件に含まれていないものは新しく入力しなければなりませんが、それほど多くないと思います」
と小林さん。
それでも、まだまだ課題はある。2025年10月の時点では、「MiTT」の配車システムの中核であるノートパソコンが電話回線につながっていないため、客の電話を受けて配車を担当するオペレーターは「第11回 実証試験」で書いたような手間を求められるのである。それも2025年中には電話回線と接続する計画だ。それが完成すれば従来のデジタル無線システムと同じように、客から電話が来ればノートパソコンの画面にその客のデータや地図が表示される。もう5000万円近くするデジタル無線システムはいらなくなる。
そして「MiTT」の配車システムには、デジタル無線システムを越える機能を持たせる計画まである。AI(Artificial Intelligence=人工知能)を組み込み、自動音声応答を実現しようというのである。AIは客と会話し、注文を正確に理解して配車までやってくれる。タクシーを必要とする人は深夜や早朝にもいる。そのため電話を受けるオペレーターは24時間勤務にならざるをえない。この自動音声応答が使えるようになれば、オペレーターを早朝、深夜の勤務から解放することが出来るのだ。
とはいえ、AIは鍛えなければならない。独特の言い回しやイントネーションを持つ方言を覚え込ませ、お年寄りに時折見かけられる滑舌の悪さにも慣れさせなければとんちんかんな返事をして客に不快な思いをさせてしまう。が、それも時間の問題だ。今氏さんが着々とAIの訓練を続けている。
「『MiTT』は間もなく、我々タクシー屋の課題を根本から解決してくれる強い味方なってくれます」
いや、それだけではない。沼田屋タクシーが桐生市新里町、黒保根町で運行しているデマンドタクシー(「第2回 地方都市のタクシー」を参照)の利用者の多くはお年寄りだ。中には独り暮らしの人もいる。そんな人たちの中には、デマンドタクシーを頼むために電話を掛けてくるだけでなく、会話そのものを楽しむために電話をする人もいる。
小林さんは2026年度、このデマンドタクシーにも「MiTT」を使う計画でいる。そこに組み込まれたAIが寂しいお年寄りを慰める雑談の相手になる日が来るかもしれない。
小林さんの夢が実現する日も遠くはない。
写真=沼田屋タクシーの営業所でも「MiTT」の稼働が始まった
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