地方都市のタクシー革命 沼田屋タクシー
第9回 CICACという会社の2

コト

こんな信念を持つ2人が創業した「CICAC」は、時を追って顧客の信頼を勝ち得てきた。そして業務のデジタル化は時代の潮流である。東京という大都会には経営の効率を上げる新しいソフトウエアを求める企業が星の数ほどある。釣り糸は魚がいるところに下ろさねばならない。だから会社を東京に置くのは当たり前だと2人は思っていた。そして事業は順調に拡大した。

「悩みといえば、受注産業としての限界でした。受注には山谷があり、一番忙しい時期に合わせてスタッフをそろえると、注文があまりない閑散期には人が余って経営効率が落ちてしまう。逆にそこそこの人数でやっていると、せっかくの注文を断らなければならなくなります。そのバランスの取り方が難しい。自力ではなんとも出来ないことです」

贅沢な悩みともいえる。
だから、何事もなければ、いまでも2人は東京・渋谷でプログラムを書いていたはずだ。

新型コロナウイルスがすべてを変えた。2020年1月、国内初の感染者が見つかった。2月には香港、台湾の基隆市などを周遊して横浜港に戻ってきた大型クルーズ船・ダイヤモンド・プリンセス号で患者が見つかり、乗客・乗員は上陸ができなくなった。検査の結果、3711人の乗客・乗員のうち712人の感染が確認され、14人が亡くなった。
恐怖感が日本全土をすっぽり覆った。爆発的な感染拡大にマスクの生産が追いつかない。政府は「三蜜」の徹底を求めた。①換気の悪い密閉空間②多数が集まる密閉場所③間近で会話や発声をする密接場面、をなるべく避けて感染拡大を防ごうというのだ。
新型コロナウイルスは凶悪なウイルスだった。国を挙げて感染を防ごうと対策を打ったのに日を追って感染者が増えた。患者を受け入れる病院では病床が不足した。バタバタ、という勢いで感染者が亡くなった。
感染拡大を防ぐには「三蜜」を徹底するしかない。自宅勤務が原則となり、社内の会議、客との打ち合わせはインターネットを介してのオンライン会議が当たり前になった。毎日通勤電車に揺られて定時に出勤し、仕事にとりかかるという長年の働き方が根本から変わった。そして、新しい働き方が定着し始めた。

「東京にいるのが一番いい」

という2人の考えが変わってきたのはそのためである。

「ネットを介してビジネスが出来るのなら、何も東京に居なくても…」

もともとIT関連の仕事はどこにいてもできるといわれる。工場はいらない。製品はインターネット回線を使えば瞬時に客に届く。その上、客との打ち合わせもオンラインで済むのなら、東京にいる必要はないじゃないか?
それに今氏さんは人いきれでムンムンする通勤電車が苦手だった。だから東京では、家賃の高さに目をつぶってオフィスまで歩いて通えるところに住んだ。だが、無理をして東京にいる必要がないとしたら?

今氏さんはオフィスの移転を考え始めた。海が見えるところがいいなあ、と考えていたが、ふと、薗田さんが

「生まれ故郷の桐生で子どもを育てたい」

と言っていたのを思い出した。薗田さんは桐生市梅田町で生まれ育ち、ふるさと桐生に深い愛着を持っている。そうか、桐生という選択肢もあるのか。
まず桐生に足を運んでみた。桐生に海はない。それなのに、何故かこの町が今氏さんの肌にしっくり合った。消滅可能性都市といわれるが、随所に歴史の名残があり、どこかかっこいい。即決した。桐生市本町6丁目に支社を作ったのが2021年12月。そして2023年11月には桐生に住まいを移した。

今氏さんが、横浜銀行桐生支店長の紹介で沼田屋タクシーの小林さんに初めて会ったのは2023年3月のことである。まだ東京から桐生に通っていた頃のことだった。

写真=CICACの社内にはなぜかオートバイが置いてあった

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