だが、まだ原型である。タクシーに積むタブレットがまだない。だから、客の注文が各タクシーに確実に届くかどうかまでは試すことが出来ない。本当に使えるシステムなのかどうかは、必要なアプリをインストールしたタブレットが揃うまでは実証できない。
そのタブレット5台が沼田屋タクシーに届いたのは6月だった。まず5台のタクシーにタブレットを搭載し、いよいよ実証試験が始まった。
そのころ沼田屋タクシーには30人ほどの運転手がいた。その中でデジタル機器を使いこなせそうな5人を選び、タブレットの使い方を講習した。
客のスマホから注文が入る。すると、客の一番近くにいるタクシーに積まれたタブレットに注文の知らせが届く。画面上の「受ける」ボタンに触れると、客の名前と地図が現れ、待っている場所、目的地、その間の経路が地図上に表示される。
講習会は確か2、3回開いた。
「思ったより簡単だな。これなら使えそうだ」
講習を受けた5人の運転手の反応は良かった。
やや苦労したのは、営業所で注文電話を受け、配車をしているオペレーターたちだった。
従来のデジタル無線システムでは、客から電話が入るとコンピューターの画面に受信の知らせが表示され、それをクリックすればヘッドセットで会話が出来た。「MiTT」はまだ電話回線につながっていないから、受話器を取り上げなければ会話ができない。
またデジタル無線システムではコンピューターが電話番号を読み取り、客の名前などをディスプレーに表示する。約30万件の顧客データをコンピューターが記憶しているためだ。ところが、新しい「MiTT」が使うパソコンはまだ顧客データを持っていない。電話回線がつながったとしても客のデータは画面上に現れない。従来のデジタル無線システムから顧客データをとり出して「MiTT」に記憶させればいいのだが、メーカーは
「それは私たちでは出来ない」
と取り合ってくれない。それに、電話回線への接続もまだだ。
だからオペレーターの手間が増えた。まず、ディスプレー上に受信の知らせが出ないから、オペレーターは受話器を取り上げなければヘッドセットで会話が出来ない。電話をかけてきた客のデータも、従来の無線配車システムに客の電話番号を入力しなければデータが出てこないのだ。その上、30万件の顧客データが従来のシステムから取り出せていないので、いまかかってきた客のデータを「MiTT」が動いているパソコンに入力して新しいデータベースを作らなければならない。
「何とかなりませんかね」
改善が必要なポイントがいくつも出てきた。
もう1つ、スマホの配車アプリの使い勝手も検証しなければならない。客は、特に高齢者は「MiTT」を使いこなすことが出来るだろうか?
今氏さんは「CICAC」の支社を桐生に作って桐生に馴染む過程で、不動産会社アンカーの副社長、川口雅子さんと親しくなっていた。ある席で、沼田屋タクシーに頼まれて配車アプリを作ったことを話した。
「これです。使えるものにしたと思うのですが、桐生には高齢者が多い。その人たちにも使いこなせてもらえるかな? ってちょっと心配なんです」
と相談した。
「だったら、私がお年寄りを集めてあげる。その場で「MiTT」の使い方を説明して、実際に操作してもらったら?」
ありがたい提案だった。指定された日、今氏さんは約20人のお年寄りに、「MiTT」の使い方や使うメリットを説明し、みんなのスマホで「MiTT」を友達登録してもらった。
「文字が小さいなあ」
「いや、これは面倒だな」
「文字入力がねえ」
やはり高齢者にはデジタル機器が苦手な人が多いらしい。スマホを持っているとはいえ、現実には単なる携帯電話としてしか使っていない人が多いのだ。
今氏さんはアプリの改良に取り組んだ。2ヶ月ほどで改良版が出来上がった。<らくらく配車>という選択肢を加えたのである。これを選ぶと、まずボタンが大きい。文字で乗車地、目的地を入力する時は、大きな五十音の文字盤が現れる。
完成した改良版を、前と同じお年よりたちに使ってみてもらった。
「お、これはいいねえ」
「ウン、もう完璧だ!」
「MiTT」は確実に、お年寄りにも使いやすい配車アプリに成長した。
写真=タクシーに積まれたタブレット

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