自動車がロボットになる。運転手がいなくても安全に目的地まで送ってくれる自動運転車が、間もなく実現するらしい。小林さんがそんな情報に接したのは群馬大学から声を掛けられる数年前だった。それからというもの、「自動運転」という見出しがある新聞や雑誌の記事は目につく限り読んだ。東京の同業組合に誘われ、自動運転の実用化を目指していたDeNA(本社・東京)の専門家の話を聞く勉強会に参加したこともある。2015年春のことだ。
専門的な話のすべてを理解できたわけではない。しかし、DeNAの開発は2020年の実用化を目指して進めているという。実現すれば事故は99%なくなる、スマートフォンで配車や料金の決済ができる、などという講師の話はスーッと頭に入った。私の夢がすぐそこまで来ている!
その中でも、
「自動運転車の実用化は、交通量の多い都会からではなく、地方都市から始まる。高齢化が進む地方都市で実用化されれば交通弱者の助けになるはずだ」
という説明には、思わず膝を打った。私を悩ませてきた問題の答えがここにある。完全自動運転車は私のために開発されているんだ、とまで思った。
それからはジリジリする思いで自動運転車の誕生を待っていた。
「まだか? 2020年に本当に実現するのか?」
群馬大学理工学部の自動運転研究グループから声を掛けられたのはそんな頃である。
自動運転車はそれまで、どこかの誰かが開発してくれるものだった。地方のタクシー会社の経営者に過ぎない自分にできることは、ただ待つことだけだと思っていた。その自動運転車の開発が、地元の群馬大学で進んでいるとは初めて知ったことだった。しかも、小木津准教授たちは、世界初の、自動運転車の実用化を目指しているという。
私が、その開発に参加する?! 世界初の自動運転車開発の一翼を担う?!
小林さんに迷いは全くなかった。桐生市内しか走れない自動運転車? 沼田屋タクシーの営業エリアは主に桐生市である。それで十分ではないか。
「是非お手伝いさせてください!」
小林さんは二つ返事で協力を約束した。ひょっとしたら桐生の沼田屋タクシーが、世界で初めて、運転手のいない自動運転のタクシーを走らせることになるかもしれない! 全身の血が沸き立つような興奮が湧き上がった。
請われて、群馬大学にできた自働運転車の社会実装連携研究会に加入した。加入費は50万円だったが、そんな金は「夢」に比べれば何のことはない。
やがて、沼田屋タクシーが担う具体的な役割、計画がまとまった。2017年秋から3台のタクシーに特殊な地図データ収集用の機器を搭載する。それから1年間、この3台が客を乗せて桐生市内を縦横に走り回り、自動運転車になくてはならない三次元の地図データを集める。何でも、搭載する機器は1セット6000万円もする高価なものと聞いた。
やがて、地図データ収集に使うはずのジャパンタクシーが納車された。ジャパンタクシーとは、国土交通省が補助金をつけて推奨しているユニバーサル・デザインに適合した車で、開発されたばかりだった。
これで、沼田屋タクシーの準備は整った。あとは群馬大学の研究チームがデータ収集用の機器をこの3台に取り付けるのを待つだけである。
小林さんは待った。ところが、なかなか連絡が来ない。秋には走行を始めるはずだったのに、季節が冬になっても連絡がない。
「どうなったんだろう?」
待った。そして1年経ち、2年経った。それでも連絡はなかった。
「研究が行き詰まっているのか、それとも計画が変わってしまったのか。いったいどうなっているのか?」
膨らんでいた夢は、時の流れとともにしぼむしかなかった。
写真=地図データ収集機器を搭載するはずだったジャパンタクシー


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