地方都市のタクシー革命 沼田屋タクシー
第17回 営業

コト

「MiTT」の完成を待ちながら、小林さんは営業計画をたてていた。「MiTT」を他のタクシー会社に販売しようというのである。地方都市のタクシーには「GO」や「Uber」は使いにくい。それに、それぞれの会社が使っているデジタル無線機器だってやがて寿命を迎えるはずだ。これから主流になるに違いないスマホの配車アプリと、デジタル無線に代わる配車システムを一体化した「MiTT」は全国の地方タクシー会社から歓迎されるに違いない。普及が進めば作るのにかかった3000万円も何とか回収できるはずだ。

小林さんは群馬県ハイヤー協会の副会長を務める。協会の中で7社が作るタクシー研究会の会長でもある。沼田屋タクシーと似通った規模のタクシー会社ばかりで、これからのタクシー会社経営のありかたを話し合って来た。だから小林さんはこの研究会に入っている6社にまず話してみた。「MiTT」の本格稼働を間近に控えた2024年秋のことである。

「うちの会社でこんなアプリを作りました。地方都市の実情に合わせたので、他の配車アプリより使いやすいはずです。それに、デジタル無線もいらなくなります。これは使えるという確信を持っていただくまでは無料で構いません。使ってみていただけませんか?」

説明会の席には、「CICAC」の今氏さんも同行し、技術的な説明を引き受けた。

「へー、そんなのがあるんだ」

「面白い」

「よくこんなものを作りましたね」

「いいね」

思っていた通り、反応は良かった。
もっと詳しく知りたい、他の役員にも説明を聞かせたいという3社には、今氏さんと一緒に説明に行った。
他の3社はもっと積極的だった。

「現場を見たい」

と実際に「MiTT」を使い始めた沼田屋タクシーまでやって来たのである。タブレットを積んだ車両を見ただけではなない。「MiTT」で配車依頼があったときの仕事の流れ、電話で注文を受けたオペレーターはどんな作業をするのか、車両に積まれたタブレットにはどんな情報が表示されるのか、その仕事を引き受ける運転手はどんな操作をするのか。実物を見せながら、小林さんと今氏さんは質問に答え続けた。

小林さんは、「MiTT」の営業先はまず群馬県内だ、と決めていた。「MiTT」は地方都市のタクシー会社を救う最先端のアプリである。ライドシェアと組み合わせて運転手不足を解決するだけでなく、デジタル無線機の更新に必要な多額のお金も要らなくなる「MiTT」は救世主になるはずだ。それを小林さんは、まず研究会の仲間に、次は群馬県ハイヤー協会のメンバーに使って欲しいと思ったのである。他県に広げるのはその後でいい。小林さんは郷土愛を持つ群馬県民なのだ。

「ところが、なんです。『MiTT』に興味や関心は持ってもらったようなのですが、そこから話がちっとも進まないのです」

いくつかの会社に聞いてみた。

「いま使っているデジタル無線機のリース期間が終わらないので、いまはまだ…」

「社内で検討している段階で…」

それぞれの会社にはそれぞれの事情があるのだろう。だが、1つだけ腑に落ちないことがある。沼田屋タクシーは「MiTT」の稼働開始と同時にライドシェアも始めた。これが、多くのタクシー会社が悩んでいるといわれる運転手不足対策の決め手になるはずなのだ。それなのに、それから1年以上たった2025年末時点で、群馬県内でライドシェアを運営しているのは沼田屋タクシーだけなのだ。

「まあ、決断を先延ばしするのが私たちの業界の常ではありますが…」

だが、小林さんの

「『MiTT』は普及する」

という信念は変わらない。何しろ、スマホでの配車が出来るだけではない。いまのタクシー会社が多額の金を賭けて10数年ごとに更新しているデジタル無線機もいらなくなる。そしてAIがオペレーターに取って代わる。これだけの機能を備えているのに、初期の導入費用、維持費など、どれをとっても他社のシステムより遥かに安いのだ。これで普及しないわけがないではないか。

現に、地方自治体が「CICAC」連絡をとって「MiTT」を導入するところが出てきた。先陣を切ったのは北海道・安平町である。2025年3月、「CICAC」と「持続可能な地域公共交通の推進に向けた連携協定」を締結した。続いたのは東大阪市だ。9月、「MiTT」を使ったライドシェア「まいどトライド」を始めた。10月には北海道・東神楽町でも「MiTT」の運用が始まった。どれも過疎地であったり、過疎地域を抱えたりして住民の足の確保を行政課題としてきたところである。

「やっぱり、地方には『MiTT』への需要があるのです。全国のタクシー会社に、その事実を知って欲しい」

小林さんは、沼田屋タクシーのホームページを改修して「MiTT」を沼田屋タクシーの商品として打ち出そうと考えている。「MiTT」を全国のタクシー事業者に知ってもらうためである。

「まず群馬県内から」

という思いは捨てた。自分と同じように、タクシー事業の先行きに不安を感じている地方タクシー事業者は全国に数多いはずだ。そんな会社に使ってもらえばいい。
小林さんはいま、改修したホームページへの反応を待っている。

写真=北海道・安平町は「CICAC」と連携協定を結んだ

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