地方都市のタクシー革命 沼田屋タクシー
第10回 LINE

コト

小林さんと今氏さんが初めて顔を合わせたのは、みどり市笠懸町の国道50号沿いにある沼田屋タクシーの整備工場兼事務所だった。小林さんはふところ刀ともいえる総括部長の下山利和さんと一緒に今氏さんを待っていた。
応接室で型通りの挨拶が済むと、小林さんが口を開いた。

「実は困っていることがありまして。それを何とか解決できないかと」

この時小林さんは、タクシー業界、それも地方都市のタクシー業界が追い込まれている苦境を説明し、

「そこから抜け出す手だてとしてスマートフォンでタクシーが呼べる配車アプリの、それも桐生のような地方都市で使えるものが欲しい。合わせて、いまのタクシー無線による配車システムに代わるものを作っていただきたいのです」

と話した。これは小林さんの記憶である。

だが、下山さん、今氏さんの記憶は食い違っている。この時小林さんは、もっぱらタクシー無線が使えなくなる日が目の前に来ている、それに代わる配車システムを構築してもらいたい、と話すばかりで、スマートフォンでタクシーが呼べる配車アプリには触れなかったという。

これまで書いてきた通り、小林さんは地方のタクシー会社が生き残ることができる方策を探ってきた。自動運転車に期待を寄せ、いまできることとしてスマホで使える配車アプリの地方版を自力で作りたいと伝手を頼ってきた。だから

「いや、配車アプリのことを話さなかったはずはない」

というのだが、2対1では分が悪い。そういえばしばらく前、無線配車に使っているコンピューターに接続している4台のハードディスクのうち1台が壊れ、メーカーの技術者に

「これは4台のハードディスクすべてを取り換えなければなりません。費用は数百万円かかります」

と言われた。ハードディスクには約30万件の顧客データが入っていた。だから修理をしたいのだが、数百万円も!?
そんなショックが尾を引き、配車アプリを覆い隠したのかもしれない。
ここは多数決を原則とする民主主義に従って、この場では 小林さんはタクシー無線の代替システムの開発を「CICAC」に依頼したということで話を進める。

小林さんの話を聞いた今氏さんはまず、

「任せていただければ、いまのタクシー無線に代わるシステムを私たちで開発できると思います」

と何事もなかったように答えた。今氏さんは無論、タクシー無線を使った配車システムを知っていたわけではない。それに代わる新しいシステムを作り出した経験は、もちろんない。だが、「CICAC」のモットーは、1から新しいプログラムを書くことである。新しいシステムの構築。やってできないことではないだろう。

だが、今氏さんの話は、それだけにはとどまらなかった。

「そんなシステムを作るのなら、LINEを活用することで、スマホでタクシーを呼べるアプリもできます。配車システムと連携させることもできますが、それは不要ですか?」

LINEとは、日本で最も広く使われている、パソコンやスマホで使えるメッセージアプリである。NTTドコモ・モバイル社会研究所の調査では、2023年1月時点で日本の 15〜79 歳のスマホ・携帯電話所有者のうち約 83.7% が LINE を使っているという。お化けアプリだ。

今氏さんはこのころ、客の発注を待ってプリグラムを書く、いわば受注生産という経営に限界を感じ始めていた。客の動向に業績が左右される。繁閑の落差が大きく、忙しい時は注文を断らなければならないし、暇な時は人が余る。

「だから、ひとつのプログラムを創れば、そのプログラムが継続的に収入をあげてくれるようなビジネスを考えていたのです」

そのモデルがUberだった。Uber社はUberアプリを作ったことで、そのアプリを使うタクシー会社やライドシェアの運転手から利用料を継続的に受け取る。実に巧妙な仕組みである。

「はい、Uberのようなライドシェアのプラットフォーム(仲介サービス)を作って、私たちもやってみよううかと」

そのアプリにはLineを活用しようと決めていた。それまでも様々な客にLINEを使ったアプリを提案し、作ってきた。いわば、LINEの活用は「CICAC」お家芸ともいえた。

だがまだ日本では、普通免許しか持たない運転手に客を運ばせるライドシェアは認められていない。ライドシェアを認めようという機運はあったが、実現はしばらく先になりそうだ。まだいまはそのタイミングではない。
その矢先に、小林さんに会った。よし、沼田屋タクシーを舞台に配車アプリまで作ってみるか。
今氏さんには小林さんの依頼を受ける準備が整っていたのである。

「しかも、ゼロから配車アプリを作るより、LINEを使ったほうが開発費は遥かに安く済みますよ」

小林さんに異論はなかった。デジタル無線機に代わる配車システムとスマホの配車アプリを一体化した「MiTT」の開発が始まった。

写真=小林さん(右)と下山さん

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