桐生でもライドシェができそうだという見通しが立った2024年の初夏、小林さんと下山さんはライドシェア導入に向けた下調べを開始した。「GO」アプリを使ったライドシェアを始めていた軽井沢を訪れたのである。ライドシェア運営の現場を見るためだ。
日本を代表する観光地のひとつである軽井沢は、観光シーズンになると人口が急増する。その季節には、駅やホテルでタクシーを呼んでもなかなか来ないというクレームが抑えきれないほどに増えてきた。軽井沢でもタクシー運転手の高齢化、人手不足は桐生と同じように進んでおり、繁忙期の需要に応じることが出来なくなったのだ。問題は観光客だけではない。軽井沢の高齢化率は3割を超す。路面が凍結する冬場になると、転倒しやすい凍結路面を歩くことや自分でハンドルを持つことに不安を感じる人が買い物や病院通いの足をタクシーに頼ることが多い。それにもタクシーだけでは対応できなくなっていた。
これでは観光地としての価値が下がりかねないし、町民の暮らしを支えることも出来ない。何とかしなければと町役場が動いた。観光客や住民の足を確保する手だてとしてライドシェアに目をつけたのだ。軽井沢タクシー協会、軽井沢町商工会、軽井沢観光協会、軽井沢ホテル旅館組合に呼びかけ、「軽井沢タクシー供給強化プロジェクト」を立ち上げたのはその年の2月14日だった。プロジェクトの柱は2本。1本目は夏の繁忙期には近隣地域からタクシーを応援派遣してもらうこと。そして2本目の柱が日本版ライドシェアの導入だったのである。こうして4月26日、ライドシェアが動き始めた。
日本版ライドシェアはタクシー会社が運行管理をすることが原則である。軽井沢のライドシェアに参加したのは松葉タクシー、ますやタクシー、軽井沢観光、第一交通などで、各社がライドシェアで仕事をしたい運転手を募り、講習会などを開いて運転手のレベルを確保する。使う車は個人所有のもので、配車アプリは「GO」を使う。
さて、うまく稼働しているのだろうか。軽井沢に足を伸ばした2人は、あるタクシー会社を訪れ、実情を聞いた。聞いているうちに
「そんなやりかたでいいのか?」
と疑問を持った。まず配車アプリ「GO」の問題である。
「GO」は運転手と客を直接繋ぐアプリだ。運転手はタクシー会社に登録してはいるものの、仕事の注文はタクシー会社からではなく、「GO」から来る。運行管理の責任があるというタクシー会社は車両の状況が全く分からない。
ライドシェア車のドライバーのほとんどは副業である。だから日によって、また時間帯によって働ける時と働けない時がある。「GO」が客とドライバーを直接繋ぐから、タクシー会社はいま何台の車が稼働でき、何台が客を乗せているのか、などの基本的なことを全く把握できない。ライドシェアのシステムはあるが、実はその時間帯に仕事が出来るドライバーはいない、ということだって起きうるのである。
「運行を管理するとは、需要と供給をマッチさせることでもあります。だから、お客様が多い時はより多くの車を用意し、少ない時は車両数を減らさなければなりません。『GO』ではそれが出来ないのです。ああ、このシステムは桐生では使えないな、と」
それに、車両の整備も気になった。タクシー車両は1年ごとに車検を受ける。一般車両の車検は2年に1度だ。また定期点検もタクシー車両は3ヶ月に1回だが、一般車両は1年に1回。それも受けない人が多いらしい。個人所有の車で客を運んで大丈夫なのか?
小林さんは根っからのタクシー屋である。だから沼田屋タクシーのライドシェアは軽井沢とは違ったものにした。
まず、使う車両は沼田屋タクシーの所有車である。個人所有の車両では整備状態までは把握できない。会社の車両を使えば、いつでも整備が行き届いた車で客を運ぶことが出来る。
会社の車を使うから、ライドシェアの運転手にはみどり市笠懸町の沼田屋タクシー整備工場に出勤してもらい、沼田屋の車に乗り換えてもらう。こうすれば、忙しくなりそうな日はより多くの運転手に出勤を求め、暇になりそうな日は少数に出て来てもらうことが出来る。そこまでやるのがタクシー会社の責任ではないか?
使うのは、もちろん完成した「MiTT」である。「GO」と違い、このアプリなら運行状況をリアルタイムで把握できる。
小林さんはそう決めた。小林さんが理想とするライドシェア導入の準備が整った。
写真=沼田屋タクシーライドシェア用車両
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