「平賢」の、静かなる暴走
第14回 経営改革

「平賢」の、静かなる暴走

小山さんが社長になった時、鯉のぼりの売り上げはゼロである。自ら選び取った道だ。受注を断り続けてきたからこの1年近く、鯉のぼりは1枚も染めていない。
同時に半天の染めも断り続けた。全てを断って下請け仕事から完全に抜け出すことを目指した。ただ1社だけ、捺染に使うシルクスクリーンの製作を委託している先からの半天の注文だけは断りきれなかった。

事業を整理して残った仕事は、「第1回 価格決定権」、「第2回 ドラえもん」で紹介した「特注手ぬぐい」と「平賢」オリジナルの「桐生てぬぐい」だけである。比率はほぼ半分ずつ。赤字受注をやめて利益は確かに増えたが、売り上げは激減した。しかし、企業である以上、一刻も早く売り上げも元の水準、いやそれ以上に押し上げたい。この両輪を何としてでも育て上げなければならない。

だが、それぞれに問題を抱えていた。

2020年に始まった「特注手ぬぐい」はその後も順調に注文が増え、いまや「平賢」を支える柱の1本になっていた。だが、考えてみればいつでもそんな客が向こうから現れてくれるとは限らないだろう。確かに、「平賢」の技や小山さんのデザイン力を評価して声をかけてもらうから価格決定権を握ることができた。「脱下請け」への足がかりだともいえる。そうは思うが、注文を受けて染めるという構造は鯉のぼりや半天の下請け仕事と同じではないか? いい仕事をすれば口コミや評判で新しい客が来てくれることは分かった。それでも受注を待つしかない仕事なのだ。様々な選択肢の中から「平賢」を選び、「特注手ぬぐい」を発注してくれる客がいるのは捺染職人の誇りではある。だが、全く仕事が来ないここともあるだろう。一度に注文が重なって泣く泣く断らねばならないことも起きるだろう。それでは「平賢」の経営は安定しないではないか。

もうひとつの「桐生てぬぐい」の販売も順調に伸びてきた。だが喜んでばかりはいられない問題が見えてきた。
体がもたない、のである。
「桐生手ぬぐい」には流通経路がなかった。「平賢」は下請けの捺染業を続けてきた企業だから、注文を受けて染めをこなすだけの仕事を続けてきた。だから問屋や販売店という流通部門との付き合いがまったくない。交渉相手は発注主だけだったのだ。その結果、オリジナル商品の「桐生てぬぐい」を作っても消費者に届けるルートがない。心血を注いでデザインし、捺染で染め上げた「桐生てぬぐい」は、地元の桐生市をはじめ各地で開かれるイベントに出店し1本ずつ売るしかなかったのである。インターネットでイベント情報を調べ、出店させて欲しいと頼み込み、ほぼ毎週、どこかの会場で「桐生手ぬぐい」を売った。
イベントが開かれるのはおおむね土日、祭日である。月曜から金曜までは工場で「桐生手ぬぐい」を染める。そして本来なら体を休めて次の仕事に備えたい週末にイベント会場に出向いて販売に力を注ぐ日々が続いていたのだ。

「年中休みがないんですよ。体がもたないんです」

しかも、売り上げが増えれば増えるほど平日の労働密度が上がった。300枚持って行って売り切れれば、次は500枚用意していかなければ、と思う。500枚が完売すれば、次は800枚が必要だろう。
業績が上がれば上がるほど、自分の首を絞めてしまう。自分の体を痛めつけてしまう。

「ああ、こんなことは続けられないな」

小山さんは社長として、この二律背反を含む問いを解かねばならなくなった。

写真=小山さんは様々な特注手ぬぐいを染めてきた

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