沼田屋タクシーを率いる小林さんは、よほど強運の持ち主らしい。沼田屋タクシーと「CICAC」が「MiTT」の開発を進めていた2023年末、当時の岸田文雄首相が
「2024年4月をめどにライドシェアの制度設計をまとめる」
と表明したのだ。そうか、日本でもライドシェアが認められるのか。
小林さんの頭を占め続けていたのはタクシーの運転手が集まらない人手不足の問題だった。確かに「MiTT」はタクシーの利用者にとっては便利な道具になる。そして、無線配車システムを「MiTT」に置き換えれば十数年ごとの数千万円にも上る設備の入れ替え費用が要らなくなるだけではなく、業務の合理化にもつながる。だが、肝心の運転手不足問題は「MiTT」だけでは解決できない。解決策は、普通免許しか持っていないドライバーが客を運ぶライドシェアしかないのだ。
そのライドシェアへの窓口が開きかかっている。「MiTT」が稼働する頃にはライドシェアの営業が出来るかもしれない。絶妙のタイミングではないか!
政府を突き動かしたのは、主に過疎地で始まった交通弱者対策だった。
北海道・上士幌町は700㎞2もの広さがあるのに、人口は5000人を切っている典型的な過疎地である。この人口では路線バスもタクシーも採算が取れない。高齢化率は35%を超え、自分で運転できない交通弱者の買い物、病院通いの足の確保が急務だった。町は考えた。郵便や貨物配達の車に交通弱者を乗せようではないか。
徳島県・三好市は山間地の住民の足の確保に知恵を絞った。山間地にはお年寄り、自家用車に頼れない人が多い。そこでタクシー会社と提携する一方、普通免許しか持っていない地域住民から、交通弱者の足になってもいいと思っている人を募った。
過疎化、高齢化が進む京都・丹後市は「交通空白地ゼロに向けた公共ライドシェア」を試みた。普通免許しか持っていない一般のドライバーに、自家用車での「白タク営業」を認めて交通弱者の足を確保することにした。
過疎に伴う交通弱者問題に悩むのはこの3つの自治体だけではない。こうした先進的な地域自治体の取り組みに、政府も動かざるを得なかったのだ。
2024年3月29日、国土交通省は「自家用車活用事業」についての通達を出し、日本版のライドシェアが生まれた。
・タクシー事業者が管理主体となる
・タクシーが不足している地域、時間帯を国交省が指定し、その範囲内の運行に限る
・運賃は事前確定制で、キャッシュレスが基本
・高額な任意保険、または共済に加入する
・使用可能台数はタクシー不足分を上限とする
以上が、国が示した条件だった。
アメリカで始まったライドシェアの初期には様々な問題が起きた。ドライバーの運転技術や接客レベルにばらつきがあっただけではない。犯罪歴のチェックもされていなかったため、運転手が暴行を振るったり誘拐未遂事件を起こしたりしたのだ。また保険も曖昧で、2013年には客を乗せていないドライバーが少女をはねて死亡させた際、そのドライバーが登録していたUber社が
「乗客を乗せていなかったからわが社の責任ではない」
と責任を回避しようとして批判を浴びた。さらに、ライドシェアの普及が交通死亡事故を2〜3%押し上げたという研究報告もあった。このため、一時は事業縮小や撤退が相次いだ苦い経験があったのだ。
アメリカの実例を他山の石としてこうした危険を避けようというのが日本型のライドシェアだった。
まず2024年4月、東京都23区と武蔵野・三鷹市、神奈川県横浜市・川崎市の一部、・愛知県名古屋市・京都府京都市などでライドシェアが実験的に始まった。
やがて対象地域は札幌、仙台、さいたま市周辺、千葉市周辺、神戸市周辺、大阪府、広島市、福岡市に拡大した。
間もなく、桐生でもライドシェアが出来るようになるに違いない。タクシー事業者が管理主体になることを国が求めているから、桐生でライドシェアを運営するのは沼田屋タクシーになるはずだ。
悩み続けてきた運転手不足の解決策が、もう目の前まできていた。
写真=小林さんは強運の人である

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