実は、沼田屋タクシーにはもう1つ経営上の課題があった。タクシー無線である。
タクシーで無線機が使われるようになったのは、1950年に新しい電波法が施行され、それまで政府がほぼ独占していた無線通信が広く解放されてからのことだ。第1号は、札幌市の北海道交通だった。1953年のことである。使ってみると実に便利だった。無線を使うようになるまでは、営業所が電話で客の注文を受け、営業所に待機している車を出すしかなかった。しかし、無線を備えれば、すべての車両にその注文を一斉に伝えることができる。客の一番近くにいる車が
「私が行きます」
と仕事を受ける仕組みが出来上がる。おかげで車の走行距離が減り、燃料費が節約できた。そして、迅速な対応は客にも喜ばれた。だから瞬く間に全国に広がり、タクシー会社にはなくてはならないものになった。
沼田屋タクシーが無線を導入したのは1960年前後のことだった。それ以来、桐生市新宿の本社営業所とみどり市笠懸町の整備工場に無線通信のアンテナを設置し、ほぼ10数年に1回は数千万円をかけて無線設備を更新してきた。いまの設備は2013年に導入したデジタル無線機である。なかなか気が利いた設備で、客から電話が入ると、その電話番号をコンピューターが読み取り、ディスプレーに客の名前、自宅、その周囲の地図を表示する。だから、オペレーターは
「はい、○○様、いつもご利用ありがとうございます」
と即座に電話に応じることが出来る。
そしてタクシーはGPS(Global Positioning System=全地球測位システム)を搭載しているから、すべてのタクシーが、いまどこにいるかもディスプレーの一部に表示される。電話で注文が入れば、客が待つ場所から一番近いタクシーに、
「あなたがお迎えに行ってください」
という指令を、ディスプレー上のボタンをクリックするだけで出来る。運転手には客の名前と待っている場所が文字データで送られる。近くまで行って道に迷えば、事務所のオペレーターがディスプレーの地図を見ながら
「次の角を右、その先2つ目の十字路を左に曲がって3軒目です」
などと教える。便利ななことこの上ない。
そのタクシー無線機のメーカーが事業を縮小し始めたのはここ10年ほどのことである。都会を中心に急速に進み始めた配車アプリの普及を見て、メーカーがタクシー無線機の時代は終わったと判断したらしい。
沼田屋タクシーが使っている無線機のメーカーはかつて桐生市に支店を置き、さらにその代理店も桐生市にあった。無線機も機械だから時折故障する。そんな時はすぐに修理要員が駆けつけてくれた。なにしろ、タクシー会社は無線機がなければスムーズな配車ができない。命綱なのだ。故障の際、すぐに修理できなければ経営に響くだけでなく、客の足を奪って
ところが小林さんの記憶によれば、このメーカーの支店はずいぶん前に群馬県内の他市に移り、やがて群馬県から撤退した。桐生の代理店も2020年前後に代理店業務やめてしまった。いまは高崎市に代理店があるだけだ。
しかも、高崎市の代理店はタクシーの無線システムに詳しくない。無線機が故障しても自力で修理はできず、メーカーに繋ぐだけだ。悪くすると、無線機の復旧に2日も3日もかかりかねない。その間は、タクシー無線がなかった時代に逆戻りしてしまう。
「ええ、2025年8月のことですが、雷で電話回線がおかしくなったのか、突然無線機が使えなくなったことがあります。もう大騒ぎですよ。代理店に電話をしても埒が明かないし、どうしようと頭を抱えていたんですが、あの時は何故か3、4時間で自動的に復旧してくれたんで胸をなで下ろしましたが」
そして、いまのデジタル無線機もいつかは寿命を迎える。その日も遠くないはずだ。その時、まだ無線機を作っている会社があるか? あったとしても、サービス網は維持されているか?
沼田屋タクシーは市民の足であり続けることができるか?
写真=沼田屋タクシーの営業所。ここで客の電話を受ける
