地方都市のタクシー革命 沼田屋タクシー  第2回 地方都市のタクシー

進化を続けるIT技術を活用しなければ、タクシー会社の経営はやがて行き詰まる。
小林さんがそう考え始めたのは、父・敬里さんから経営を引き継いだ2013年8月のことだった。いや、もっと前から薄々は感じてはいた。だが、経営に責任を持つ立場になって改めてタクシー事業の危機を強く感じたのだ。

問題は深刻な人手不足である。運転手のなり手がいない。車両は70台ほどあるのに、運転手は50人前後しかいない。運転手がいないために動かない車両はただのドンガラにすぎない。1台300万円弱で買ったのに1円も稼いでくれず、駐車場で出番を待つだけだ。

日本でタクシーを運転できるのは二種免許を持っている人に限られる。教習所で二種免許を取るには約30万円かかる。その費用負担が、タクシーを運転してみようかと考える人の足を引っ張っているのか? そう考えた小林さんはその費用を会社で負担することにした。

「普通免許をお持ちの方が運転手募集に応じていただければ、会社負担で二種免許を取っていただきます」

そして、新聞広告をはじめあらゆる伝手で運転手を募った。それでも集まらない。何ヶ月も応募者ゼロが続く。月に1人でも応募があればましなほうだ。

「沼田屋タクシーは、いずれは私が継がなければならない会社でした。それで私も若い頃に二種免許をとってタクシー運転手をやりました。当時、タクシー運転手というのは一種の憧れの職業で、うちの会社にも20歳代の運転手がたくさんいたんですよ。私がタクシーのハンドルを握る必要はなかったのですが、やはり現場を知らなくては、と思ったのです」

運転手が集まらないだけなら、車両数を減らし、営業規模を小さくしようかとも考えた。ところが、現実が経営計画の先を走った。日を追うごとに運転手が減っていくのだ。ドンガラのタクシー車両が増える。

ある日、1人の運転手が

「社長、そろそろ辞めさせてくれませんか」

と言ってきた。いま以上に運転手が減っては、経営はさらに厳しくなる。小林さんは

「あなた、まだ若いじゃないの。もう少しがんばってよ」

と引き留めた。すると運転手がいった。

「社長、俺のこと、いくつだと思ってるの? もう72だぜ」

ああ、そうか。若く見えるが、彼はもう72歳か。そう思うと同時に、ギョッとした。72歳。この場は何とか彼を引き止めて運転を続けてもらっても、彼は日々老いる。体力は衰え、判断力も鈍る。72歳。車を降りざるを得ない日が目の前に迫っている。

運転手の平均年齢を調べてみた。群馬県平均で62歳弱。沼田屋タクシーはそれよりほんの少しだけ若かったが、それでも61歳だった。タクシーは、いまや高齢者が支える仕事になっている!

若い人はタクシー運転手という仕事を選んでくれない。いまの運転手たちはやがてハンドルを握ることができない高齢になる。このまま行けば、車はあっても運転手がいなくなり、やがては廃業を迫られる。廃業するのが沼田屋タクシーだけで済めば沼田屋タクシーの悲運というだけである。だが、タクシー業界全体が人手不足の上に高齢化の波に洗われているのだ。やがて町からタクシーがなくなる……。

  沼田屋タクシーのデマンドタクシー

タクシーがなくなった町。元気な人なら自分の車で移動できる。外で酒を飲んだら運転代行を使う(これも人手不足が進んでいるが)こともできる。外飲みは我慢してもっぱら自宅で晩酌という選択肢もある。
だが、自分で車を運転できない人もいる。特に高齢化率が高い桐生市には、買い物にも病院に通うのにも、玄関先までの車での送り迎えが欠かせないという人が多い。
さらに、沼田屋タクシーは腎臓透析が欠かせない人々の送り迎えを担っている。また桐生市新里町、黒保根町ではデマンドタクシーも運行している。路線バスが撤退した後、日常の足に困っている人たちに、市の補助もあって1回300円で使ってもらっている。利用者の8割が後期高齢者で、バスと違って玄関先まで乗り付けてくれるタクシーをたいそう喜んでもらっており、ほとんどフル稼働だ。
しかし、運転手がいなくなり、タクシーが動かなくなれば、誰がその方々の足になるのか? 腎臓透析が必要な人が病院に通えなくなったら? デマンドタクシーがなくなったら?

町からタクシーがなくなる。それは、単に1つの企業がなくなることではない。町から交通弱者の足がなくなるのである。タクシー会社のいくつかが淘汰されるのは仕方がないかもしれない。だが、タクシーがなくなっていいのか?

小林さんの模索が始まった。それは、沼田屋タクシーの生き残りを賭けた模索でもあった。

写真=沼田屋タクシーのの駐車場には運転手のいない車両がずらりと並んでいる

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