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桐生の左官、海を越える 野村裕司さん
第19回 どんな日本一に?

全国左官技能競技大会での日本一には手が届かなかった。だが野村さんは、日本一の左官になる夢は諦めなかった。「競技大会に出場するのは左官職人のほんの一部です。だとしたら、建築現場で工夫と努力を積み重ねて熟練の技を持つようになった本当の『名人』、...
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桐生の左官、海を越える 野村裕司さん
第18回 そして、3位

1982年10月、東京・市ヶ谷の日本左官業組合連合会本部ビルで第20回全国左官技能競技大会が開かれた。期間は2日間である。日本一の座を競う出場者は27人。その中の1人が野村さんである。会場に着くと、競技会場である屋上で審査員が道具を点検した...
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桐生の左官、海を越える 野村裕司さん
第17回 3位

全国左官業組合連合会が実施する全国左官技能競技大会に野村さんが出たのは1982年のことである。当時32歳。文字通り、左官の日本一を決める大会だ。「はい、日本一を目指しました」大会参加資格は、都道府県ごとに行われる左官の1級技能検定で優秀な成...
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桐生の左官、海を越える 野村裕司さん
第16回 研究

左官という一芸に秀でよう。野村さんは暮らしのリズムを変えた。仕事が早く済んだ夕刻や休日はそれまで野村さんのリラックスタイムだった。仕事で疲れた身体を休めるため、テレビをボンヤリながめたり、町に遊びに出たり、ただ漫然と過ごしていた。その時間を...
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桐生の左官、海を越える 野村裕司さん
第15回 日本1の左官になれ

付き合いが始まった小林段ボールの住宅建築部門には、当時左官店が3社入っていた。時を追って野村左官店が受ける仕事の比率が増えた。小林社長は、基本を忠実に守る野村左官店の仕事ぶりを気に入ってくれたようである。「おい、野村君」ある日、小林社長に声...