「群馬県ふるさと伝統工芸品展」が開かれたのは2025年6月6日から9日までの4日間。小山さんの「桐生手捺染」のほか、「上州高崎注染手ぬぐい」「自性寺焼」「山中上山竹工芸」など20社が出展した。展示品を販売したのは、「桐生手捺染」をはじめ14社である。
開催期間中、会場に詰めたのは妻・とも恵さんの妹、平田昌代さんだった。小山さんは、
「1本5万円の手ぬぐいなんて、買う人がいるはずがない」
と頭から思い込んでいる。5万円の手ぬぐいは人寄せパンダのようなものだ。売れるのは、1本1500円から1800円、それに金箔を使った3500円の量産品のはずだ。量産品の販売なら、自分より昌代さんの方がはるかにうまいことは、これまでイベントに出展した経験でよく分かっている。昌代さんは客の気持ちを惹きつけて財布の口を開けさせる笑顔と言葉を持っている。とてもあの真似はできない。それに、染めなきゃいけないものもあるし。そう思って桐生に残り、工場で仕事をしていた。
昌代さんから電話がかかってきたのは午後2時頃だったと記憶する。
多少は売れているのかな? でも、工芸品展は午前10時からである。まだ4時間ほどしか経っていない。手ぬぐいが10本売れたって1万5000円か2万円。そんなもの、いちいち報告しなくても、戻ってきてから教えてくれればいいじゃないか。
そう思いながらスマホを取り上げた。
「哲平さん?」
と受話器から昌代さんの声がした。なぜか、弾んでいる。
「ああ、そうだけど、売れてるか?」
「売れたのよ!」
そうか、多少は売れているか。よかった。出展したのも無駄ではなかった。
「何本ぐらい売れた?」
小山さんはまだ、売れたのは量産品だと思い込んで疑っていない。
「そうじゃないの。売れたのよ、5万円が!」
「えっ? 売れた? どっちの5万円?」
「それが両方とも売れたのよ。店開きしてすぐに」
売れた? 5万円の手ぬぐいが2本とも? 絶対に売れないだろうと思っていた高価な手ぬぐいを買う人が世の中にはいたのか?
すぐには信じられなかった。しかも、買って行ったのは見ず知らずの人だという。親戚や知人や友人が
「ふるさと伝統工芸士になったばかりの小山が出したんだから、励ますために買ってやろうか。ご祝儀だ」
と買ってくれたわけではない。私のデザインと捺染、描画の結果を、5万円出しても自分の手元に置きたいという人がいた。とても信じられなかった。でも、何だか嬉しかった。ほんとかよ、と思うと体が震えるような気がした。そして、心の中に何かが芽生えたようだった。おい、これ、自信?
やがて4日間の工芸品展が終わった。計算すると、「平賢」の売り上げは60万円を超えていた。一品ものの2本だけでなく、量産品も300本ほど売れたことになる。あとで聞くと、工芸品展初出展の「平賢」がダントツの売り上げを記録し、県庁の職員も驚いていたのだという。
「何となく私が、平賢が進んでいく道筋が見えてきたような気がしました」
小山さんは、自分の中で眠っていた「作家性」に気がついたのだった。
写真=伝統工芸品展の「平賢」のブース。右上が「困難の中に、機会がある」,その下が「情報は知識にあらず」
コメント