道具はそろった。小山さんは制作にとりかかった。まずは、「挫折と挑戦」からだ。デザインはイラストレーターで仕上げておいた。それを印刷した紙を持って捺染台に向かう。
捺染台の温度は55℃〜60℃にしてある。捺染台の表面には樹脂塗装がされており、温度を上げると粘り気がでてその上に置く手ぬぐいの生地(35cm×90cm)がピタリと張り付く。
準備はできた。まず捺染で背景を染める。1回目は手ぬぐい用の生地を丸め、薄いベージュの染料をしみ込ませて全面に塗った。次はプラスチックのブラシに濃いベージュの染料を含ませ、ラインや島を描いた。
これで下地はできた。この上に、筆で文字を描く。それが小山さんのデザイン構想である。描くのは
「情報は知識にあらず」
In the middle of difficulty lies opportunity.
というアインシュタインの言葉である。文字をデザインに取り込もうというのだ。
「下地はイラストレーターでデザインしたのですが、さすがに手書きの文字まではイラストレーターではできません。だからここは一発勝負で、その時の直感に頼るしかない作業でした」
その前に下準備をした。絵筆と習字用の筆のどちらが使えるかを、背景を染めていない白い生地で試したのである。たっぷりの染料を含んでくれる習字用の筆の方がいいのではないかと思っていたが、なぜかうまくいかなかった。
「それで絵筆を使いました。だけど絵筆でもすぐに線が擦れるのです。擦れもデザインといえますが、あまりに擦れているので2回ずつなぞりました」
こうしてでき上がったのが、「困難の中に機会がある」である。目をこらしても、これが文字とはなかなか読み取れない。言われてみれば、「f」や「c」、「s」「p」などがあるような気はするが…。
いずれにしても、これが小山さんの感性の「暴走」であったことは疑いない。
「はい、捺染台の前に立って筆を下ろす時、『これだ!』と思ったんで、その直感に従ったんです」
――それにしても、この文字デザインのイメージはどこから?
「ああ、なんというか、イメージとしてあったのはストリートの落書きです。ほら、スプレーで壁や塀に落書きしてあるヤツ」
1本できた。
次は
「情報は知識にあらず」
Information is not knowledge.
である。これを小山さんは抽象画にしようと考えた。インターネットが普及したいま、SNSでフェイクニュースが飛び交い、世の中は混乱しているように思えた。アインシュタインが言ったように、情報は知識ではないのである。この時代の混沌を手ぬぐいに写し取るには「落書き」しかない。小山さんはそう考えたのである。デザインはイラストレーターで起こしてある。あとは染めるだけだ。
下地はこちらもベージュにした。下地が乾くと、絵筆とブラシを使い、小さな子どもが画用紙に落書きするように6色の染料を塗りたくった。
さあ、これで「群馬県ふるさと伝統工芸品展」に出す2本の「一品もの」が完成した。デザインを考え始めて2本仕上げるまでにかかった時間は1週間ほど。実際の捺染、描画(描字?)にかかったのは、それぞれ30分ほどである。この2本と、量産品である「桐生てぬぐい」を工芸展に出して審判を受けよう。
「はじめての1品ものでしたが、何となく自分で納得できたんですよ。あ、これが私がつくりたかったものだ、って」
だが、作り手の感性がそのままほかの人たちに受け入れられ、財布のひもを緩ませるのなら、世の中には作家が溢れ返るだろう。しかも小山さんは、この2本に1本5万円の価格を付けた。
「何しろふるさと伝統工芸士ですから、その程度の価格にしなくちゃいけないのかな、って思ったんです。あ、でもね、基本は手ぬぐいでしょ。1本5万円もする手ぬぐいを買う人なんて絶対にいないよな、とも思っていました」
写真=「平賢」の応接室。小山さんの「作品」で埋め尽くされている
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