「ふるさと伝統工芸品展」は、ふるさと伝統工芸士が、その肩書きに恥じない作品を出展する場であるはずだ。そうであれば、「平賢」の主力商品である「桐生てぬぐい」を出すのはもちろんだが、いま暖め始めた「本当に自分が作りたいもの」を出さねばならない。それは量産品ではなく、一品もの、つまり同じものは絶対にないものにしよう。
そこまではすぐに思いついた。では、どんな一品ものにしようか?
ここまで来て、小山さんはとんでもない飛躍をする。手捺染の技で「群馬県ふるさと伝統工芸士」に認定されたのにもかかわらず、「捺染」を捨ててみようと思い立ったのである。職人の世界からしてみれば、とんでもない「暴走」というほかない。おいおい、どこに行くんだ? あなたは「桐生手捺染」の「ふるさと伝統工芸士」ではなかったのか?
少し時間を巻き戻せば、小山さんは「伝統」を守るだけの捺染職人ではないことは明白だろう。裏表の模様が違うリバーシブルの手ぬぐいを染めたり、グラデーションを取り入れたりして捺染の世界を押し広げてきた。教えられた技を守り、研ぎ澄ませることに全力を挙げる「伝統職人」と違い、小山さんは伝統に縛られず、改革に挑む捺染職人なのだ。
「よし、手描きを加えてみよう」
「第3回 リバーシブル」に書いたように、小山さんは美術が好きだったこともなく、学校の美術の時間以外に絵筆を持ったこともない。もちろん、デッサンもデザインもやったことはない。ただ、なぜかルネ・マグリットの、何とも言えない不思議な絵に惹きつけられ、彼の絵の展覧会にはできるだけ足を運んだ程度に過ぎない。
そんな小山さんが東京・浅草の専門店で手ぬぐいを目にし、
「これなら、自分でもできるのではないか?」
と手ぬぐいのデザインを始め、それが客をつかんできただけである。酷な言い方をすれば、素人芸の域をそれほど出てはいのではないか。
その小山さんがふるさと伝統工芸士になって自分の「作品」の構想を練り始めた。それまでわずか半年ほどである。冷静に見れば、これは無謀というしかない。
そして、一品もののデザインを決めた。テーマは何と、特殊相対性理論、一般相対性理論で物理学の世界を一変させた天才、アルベルト・アインシュタインだった。エネルギーと質量、そして光速の関係を数式化し、
「質量とエネルギーは本質的に同じものである」
ことを示したといわれるE=mc2の公式は多くの人の頭にこびりついているはずだ。
――でも、なぜアインシュタイン?
「小学生のころから好きなんですよ。相対性理論は先に進みすぎていて、発表された当時その理論を理解できる人がおらず、だから誰も認めなかった。それでもアインシュタインは自分の理論は間違っていないと自信を持ち続けた。そんな生き方が好きで、伝記を何冊も読みました。相対性理論? あんな難しいもの、私にはチンプンカンプンですけど」
アインシュタインの生き方をデザインする。小山さんスマートフォンを取り出した。ここにアインシュタインの名言を蓄積している。そして選び出したのは、次の2つだった。
「困難の中に機会がある」
In the middle of difficulty lies opportunity.
そしてもう1つは
「情報は知識にあらず」
Information is not knowledge.
である。
そこまで思いつくと、小山さんは隣の太田市にあるDIYの店に向かった。筆を手に入れるためである。シルクスクリーンを介して染料を生地にしみ込ませる捺染では筆の出番はない。だから「平賢」に筆は置いてない。店に到着すると、水彩用、習字用の筆を5、6本選び取り、
「これも面白いかな?」
とブラシも加えた。
これで道具はそろった。
写真=小山さんはスマホでアインシュタインの言葉を検索する
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