「平賢」の、静かなる暴走
第18回 加速する暴走

「平賢」の、静かなる暴走

2026年2月、小山さんはまた東京インターナショナル・ギフト・ショーに出展した。「第2回 ドラえもん」に書いた出展から数えれば、4回目である。

展示会にも慣れ、商談のツボをつかんだからだろうか。それともこれまでの展示会への出展が確実に取引先を増やしてきたという実感がゆとりを生んだのか。今回は1つの確信を持って展示会場に立った。

「ガツガツしちゃダメだ」

これまでは何とか取引先を増やすことに必死で、「平賢」のありったけを客に伝えようと必死だった。

「平賢」は手捺染が専門ですが、インクジェットを使ったフルカラーの染めにも対応します。普通捺染には染料を使いますが、コストを抑えたければ顔料でもできます。金箔を貼ることも可能です。これができるのは、全国で「平賢」だけです。どうです、見栄えがするでしょう? 御社オリジナルの手ぬぐいを作ってみませんか? これが価格表です。

「桐生手ぬぐい」を販売していただけるのですか? それはありがとうございます。「桐生手ぬぐい」は1色だけを使ったシンプルなものから。多色を使ってデザインしたもの、これも業界初ですが、グラデーションに染めたもの、はい、金箔を使ったものあります。こちらは浮世絵をモチーフにしました…。

頭は、20年近く職人として学んできた技の数々、自分が産み出した、それまでなかった染め方、商品のラインナップ。そんな「伝えなければならないこと」ではち切れそうだった。

「でも、結果を見ると、いまでも取引が続いているのは、金箔押しの手ぬぐいに関心を持っていただいたお客様がほとんどなのです。あ、そうか、『平賢』の売りは、金箔が貼れることなんだ、って気がついたんです。だったら、展示会で売り込むのは、もっぱら『金箔を貼る技があります』に絞った方がいいのではないかと」

ほかでは真似ができない金箔貼りを説明すれば、あとは客が

「そんなこともできるのなら、この程度のことはできるに違いない」

と客が勝手に想像を膨らませてくれる。そして、その膨らんだ想像を実現する力は、私にはある!

シンプル・イズ・ベスト。それがいま、功を奏しつつある。

「染めをお願いしたいのですが」

そんなメールが来たのは、2月の展示会が終わって数日後だった。注文は簡単である。手ぬぐい地に、背景は黒、その上にだるまと「刃」の文字を金箔で描いて欲しい。とりあえず1500枚。500枚ずつ3回に分けて納品してもらいたい。

それを見て、小山さんは首をひねった。サイズは35cm×60cmほど。手ぬぐいより短い。こんなものを1500枚も作って何に使おうというのか? 発注主は山口県で生まれたばかりの食品会社である。

事実を知って驚いた。この会社は2024年にできたばかりで、「刃(YAIBA)」という高級バーベキューソースを売り出した。価格は360ml入りの1本が何と3万2400円!

「私たちは世界に向けて売りたい。桐箱に入れて売るのですが、単に箱に入れただけでは輸送中の振動でボトルに傷がつきかねない。だから、日本製であることを強調するため、ボトルを手ぬぐいでくるんで箱に入れようと思っていました。でも、ギフトショーであなたの金箔押しを見て、『これだ!』と直感したのです。黒地に金のだるまと『刃(YAIBA)』の文字。高級感を極限まで演出できるじゃないですか!」

小山さんは4月、1回目の500枚を納入した。しかし、360mlで3万2400円の超高級バーベキューソースが市場を切り開けるのか? 半信半疑ではある。が、市場が受け入れれば、「刃(YAIBA)」には小山さんが染める包み布が欠かせなくなる。

「成功して欲しいですよ」

思わぬところから声がかかったのも2月の展示会だった。国内最大手の手ぬぐいメーカーの1社から

「わが社用に金箔を貼った手ぬぐいを染めてくれませんか?」

と声がかかったのだ。数十枚の生地を重ね、生地の下からポンプで空気を吸い込み、上から染料を一気に浸透させる「注染(ちゅうせん)」という手法で手ぬぐいを作っている会社だった。

「金箔を貼った手ぬぐいが売れているようなので、うちでも欲しいんですよ」

その場に小山さんはいなかった。対応したのは義妹の昌代さんである。

「おたくは注染で手ぬぐいを作っていらっしゃいますよね、でも注染では金箔押しはできないことはご存知だと思いますが」

婉曲な断りである。同業者のために「平賢」の技を使う必要ない。

「あとでその話を聞いたのですが、うん、私でも断っていました。義妹ほど上手い断り方ができたかどうかは分かりませんが」

「平賢」の金箔貼りは、多方面の興味、関心を引き寄せているのである。

――だけど、金箔を貼った手ぬぐいの市場が広がれば、やがて「うちでもできる」という追随者が出てくるのでは?

「金箔貼りは、何でも新潟の鯉のぼり屋さんに学んで『平賢』でも始めたと聞いています。でも。鯉のぼりの生地はポリエステル、ナイロンがほとんどです。それを学んで、『平賢』はまず、半天に使い始めた。半天の生地は木綿です。ポリエステル、ナイロンに金箔を貼った時とは後処理が全く違う。だから、木綿の生地である手ぬぐいに金箔を貼れるのは『平賢』だけだと思っています」

――しかし、そこに市場があると思えば、何とかして技術を開発するのが企業です。いつかは「わが社でも金箔は貼れます」という同業者が出来るのでは?

「そうかもしれません。だけど、その時に『平賢』はもっと先に進んでいますよ。いいですか、私は『捺染』にはこれまで誰も手を触れなかった可能性がたくさんあると思えて仕方がないんです。私、今にとどまっている気はありません」

「平賢」と小山さんの暴走はしばらくとどまる気配がない。
小山さんは数年したら、またもや

「平賢はあの頃とは全く変わったんです。もう一度取材して下さい」

といってくるのだろうか? それが楽しみな筆者である。

写真=えびす様は商売の神様。「平賢」の爆走を支えてくれるか?

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