「平賢」の、静かなる暴走
第10回 1本10万円

「平賢」の、静かなる暴走

高崎市にある高崎高島屋が「第47回群馬展」を開いたのは2026年1月14日から19日までの6日間である。開催に先立ち、

「小山さん、『平賢』も出してみませんか?」

と声をかけられたのは、前年の秋だった。その少し前、高崎高島屋の何かのイベントに出店したことがあった。それまで出ていた手ぬぐい屋さんの売れ行きが芳しくなく、高崎高島屋はそれに代わる手ぬぐい屋を探していて、「ふるさと伝統工芸品展」での「平賢」の販売実績に目をつけたらしい。

自分の中にいる「作家」に気がついたのだから、小山さんは自信を持って出展を快諾してもよかったはずだ。だが、なぜか躊躇した。一品ものとはいえ、自分が作った手ぬぐいに5万円の価値を見いだす人がいたことに、まだ信じきれない思いが残っていたのである。あれは何かの間違いではなかったのか?

決断できない小山さんの背中を押したのは、義妹の平田昌代さんだ。

「哲平さん、出しなさいよ。一点ものを4枚出そうよ。そして今度は、10万円が1本、5万円が1本、3万円が2本にしてみようよ。哲平さんならきっとできる!」

5万円で売れたことにも戸惑っているのに、えっ、今度は10万円だって?! 手ぬぐい1枚が10万円なんて、それはもう「作家」の世界だろう。とんでもないことをいうヤツだ!
とは思った。だが、しばらくすると、出してみようかという気持ちが沸き起こってきた。振り返ってみれば、「ふるさと伝統工芸士」になって

「本当に自分の作品らしいもの、本当に自分が作りたいものを作り出さねばならないのではないか?」

と考え始めた。それを突き詰めれば「作家」への道を選び取ることになるのではないか?
だとすれば、いい機会である。私が「作家」になれるのかどうか。1本10万円の手ぬぐいが試金石になってくれるだろう。とてもではないが、買い手がつくとは思えない。だが、その時はその時で次の手を考えれば済む。

「そうしてみようか」

10万円。小山さんは再びアインシュタインの言葉を選び取った。今度は

Now or never.

である。「今やらずして、いつやるのか」などと日本語訳されるが、小山さんは「而今」と言い換えた。曹洞宗の開祖・道元が『正法眼蔵』で唱えた禅語である。「いま、この瞬間の現実をただ懸命に生きる」という意味だ。
そして、今回は正真正銘の「暴走」を試みた。手捺染で「ふるさと伝統工芸士」になった小山さんが、捺染を捨てたのだ。

キャンバスである生地を捺染台に貼り付けた。生地を固定して歪みやたるみをなくすにはそうするしかない。ただ、捺染台の温度は40℃ほどに下げた。この抽象画には10色の染料を使う。通常の55℃〜60℃にしては、染料が乾く速度が速過ぎ、思っている仕上がりにならない。

用意が整うと、まず薄いベージュを全体に塗り広げた。使ったのはスポンジである。

「いくつもスポンジを買って試したんですよ。でも、一番具合が良かったのは、台所用の安いスポンジでした」

下地が乾くと絵筆での作業に移る。描くのは抽象画だ。だからイラストレーターで下絵を作ることはできなかった。脳裏にあるデザインを描き出すのは一発勝負になる。
思い切って筆を入れる。さあ、次の色だ。急がなければいま塗った染料が乾いてしまい、狙っているような滲み、色と色との重なりが生まれない。そのために捺染台の温度を下げてはあるが、急げ! 時間との勝負である。
仕上げは金箔である。これは金箔を張り付けたい場所に、筆に含ませた特殊な溶剤で描く。そして金箔を置けば出来上がりだ。この金箔は何度水洗いしても落ちない。いまは「平賢」だけのに残る技である。

而今
「而今」

小山さんの、「平賢」の未来をかけた手ぬぐい「而今」が捺染台を離れた。

写真=「而今」の制作に取り組む小山さん

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