履きやすい靴、とは? クイーン堂シューズ 第3回 誕生

クイーン堂シューズを創業したのは、小泉充さんの曽祖父にあたる七藏さんである。栃木県足利市の注文靴工房に勤める靴職人だった。やがて腕前を認められたのだろう、工房が隣の群馬県桐生市に支店を出すと、その支店長を任された。間もなく七藏さんは独立、本町通から1本西の糸や通りに店を持ってアサヒ屋靴店を名乗った。明治40年(1907年)ごろのことだったという。後に店名を小泉靴店に変えた。

当時の桐生は名だたる繊維の町で、わが世の春を謳歌していた。次から次へと靴の注文がきて、すぐに数人の職人を使うようになった。加えて大正9年(1920年)には今の群馬大学理工学部の前身、桐生高等染織学校が市内に設立された。

「ええ、そこに通う学生さんたちにずいぶん贔屓していただいたと聞いています」(小泉充さん)

時代を少しさかのぼる。日本で革靴が普及し始めたのは明治維新後のことだ。幕末に坂本龍馬が革のブーツを履いたというが、それは例外に過ぎない。開国して世界と向き合った明治政府は西洋の進んだ知識、文物を急速に取り入れて国の近代化を図った。急がねば西欧列強の植民地にされかねない。危機感が拍車をかけた。官吏や軍隊を洋装化した。となると、履くのは革靴である。
草履やわらじ、下駄で過ごしてきた日本に靴メーカーなどあるはずがなかった。そこに革靴の需要が生まれた。当初は輸入に頼ったが、やがてお雇い外国人が靴の作り方の指導を始めた。こうした流れを受けて、足袋職人、草履職人が転職して注文靴を作り始めた。
七藏さんが靴工房に職を求め、そして独立したのはそんな時代だった。

しかし、すべての兵隊の足を採寸して注文靴を作っていたのではとても間に合わない。そこで1870年代後半には靴工場も生まれた。そして、国民の洋装化も日に日に進んだ。革靴の需要が民間にまで広がりを見せ始めた明治20年代、既成靴の製造と販売が東京・浅草を中心に徐々に始まる。高価な注文靴(2円から5円程度。革質やデザインでもっと高価なものも)に比べ、大量生産を取り入れた既成靴は50銭から1円50銭程度と安かった。既成靴が徐々に浸透し始めた。

充さん(右端)と理一さん(右から2人目)

小泉充さんの祖父・理一さんが小泉靴店を受け継いだのは、そんな流れが強まった昭和のはじめだった。理一さんはこの流れを見逃さなかった。父・七藏さんに学んで注文靴作りの技術を身に付けながらも、既成靴の仕入れ、販売も始めたのである。店を現在地に移したのは太平洋戦争前のことである。

3代目の琛司さんの時代になると、靴店経営の決定的な転換期が訪れる。琛司さんは桐生商業高校を卒業すると、18歳で埼玉県熊谷市の靴問屋に修業に出た。小泉靴店を引き継ぐためだったが、注文靴を作る工房ではなく問屋を選んだ。

「私は靴職人になる才能がない」

と自分で見極めたからだ。

「いい靴を作るには絵心がいるんです。デザイン性もそうでしょうし、3次元のものを作るには空間図形を思い描く能力が必要だということなのでしょう。ところが、私は絵がからっきしダメ。ああ、これは無理だな、と」

熊谷市の問屋に勤め始めて半年少したった頃だった。

「お父さんが交通事故で入院した!」

という知らせが飛び込んだ。あわてて帰郷した。理一さんは意識不明の状態が1週間続いたが命に別状はなく、1ヶ月ほどで退院できた。しかし、体の自由が少し奪われた。注文靴はもう作れそうにない。店の経営も大儀そうだ。私が父に代わるしかない。琛司さんは勤めを辞め、家に戻った。昭和33年(1958年)のことだ。

当時、小泉靴店には4人の靴職人がいた。注文靴は彼らに任せた。琛司さんが力を入れたのは既成靴である。何しろ、注文靴に比べればはるかに安い。それにメーカーがデザイナーを使って作るだけあってデザイン性も優れている。これからは既成靴の世が来る。琛司さんはそう確信していた。
10年ほどは注文靴、既成靴の両方を扱い続けた。注文靴が売り上げの3割を切った頃、琛司さんは決断する。

「もう注文靴の時代は終わった」

職人さんたちには徐々に独立してもらい、小泉靴店を既成靴だけの店にした。そして数年後、さらに大きな決断をした。男性用の靴を捨てた。女性靴専門の店にしたのである。

「売り上げを見ていました。すると女性靴が男性靴の3倍売れているんです。女性はファッションに敏感なんですね。それに、桐生の旦那衆はなかなか靴を買わない。市内を歩き回る時は突っかけやサンダルを履くんですよ。であれば、狭い店に男性靴も置くより、女性靴専門にしたほうが経営効率が上がると考えたのです」

昭和46年(1971年)、店名を「クイーン堂シューズ」に改めた。女性靴専門店に「クイーン(女王)」ほどぴったりの名前はないではないか。

写真=1965年(昭和40年)の小泉靴店

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です