桐生の左官、海を越える 野村裕司さん  第4回 試技

4日目。技能検定制度の説明はこの日の午前中まで続いた。野村さんの出番が来たのはこの日の午後である。実技試験の実技を教えなければならない。

まず、野村さんが模範を示した。

再び図で説明する。

下地_NEW

最初の作業は墨出しである。この厚さまで塗る、という線を周りの木枠に入れる。墨壺という専用の道具を使う。大工さんもやはり墨出しをするが、その線は黒である。左官は赤い線を入れる。

それが済めば塗り始める。しかし、一度に1㎝厚に塗ってはならない。必ず2度塗りをする。1度目は3㎜ほどの厚みにする。これで下地との接着を確保する。2度目はモルタルに含まれる水分が下に均一に行き渡るよう気を配って塗る。

上の図でいうと、A⇒B⇒Cの順に塗る。Aは鏝(こて)さばきが難しいところで、右利きの場合、左下から右上に向かって鏝を動かし、平らな面を作る。
B、Cの平面は「口」の字型に塗る。漢字の「口」の書き順と同じ順で、まず左隅を上から下に塗り、上の隅を左から右、右の隅を上から下に塗って最後に下の隅を左から右に塗る。それができたら「口」の真ん中部分を平らに塗る。
以上は昔から日本の左官職人に伝えられている塗り方だ。研究熱心な野村さんは、違った塗り方も試してみた。だが、やはり伝統の塗り方が最も綺麗に仕上がった。

2度目の塗りは厚みが7㎜ほどである。これで墨出しした高さに合わせる。2回目もA面は左下から右上に鏝を動かし、平面を塗る「口」の順序が同じなのはいうまでもない。

平らに塗るにはコツがある。鏝の一方を少し持ち上げるのだ。両刃の包丁を研ぐ時と同じである。その持ち上げる角度はできるだけ小さい方が綺麗に仕上がる。

そこまでやって見せて、訓練校の教官たち3人にやらせてみた。彼らにとって、日本の技能検定3級の実技試験を体験するのは、もちろん初めてである。だからだろうか、事前に教科書を送り、目の前でやって見せたにもかかわらず。合格レベルに達しなかった人がいた。

日本の左官は鏝だけで平面を出す。しかしカンボジアを含めた多くの国では、平面を出すのに定規のようなものを使うことが多い。とりあえず厚めに塗って、モルタルが固まらないうちにその定規を表面にあてて滑らせ、余分なモルタルを掻き取るのだ。日本のように、表面が真っ平らになることを求めない国民性もあるかも知れない。日本の技能検定3級の実技試験に取り組んだ教官たちにとっては鏝だけで平面を出すのは初めてだったのだろう。上手くできないのが当たり前かも知れない。

「それに、鏝が違うのです。日本の鏝は鋼(はがね)でできていますが、カンボジアを含む多くの国ではほとんどステンレス製です。滑り具合が全く違います。また、握る部分(柄)と鏝の本体を繋ぐ『首』と呼ばれる柱の位置も違います。日本製は柄のほぼ中央に首があって『中首』と呼ばれ、人差し指と中指の間に挟むので力が均等に伝わりますが、多くの国の鏝は『元首』といって柄の一番前に首がある。やってみれば分かりますが、それだと均等に力をかけるのが難しいのです」

結果を見て、野村さんは「コツ」を伝授した。周りを塗る時の注意点、平面を出すための力のかけ方……。野村さんが帰国すれば、いま目の前にいる教官たちがこの「コツ」を訓練生に教えなければならないのだ。通訳を介した説明は隔靴掻痒の感もあったが、できるだけ丁寧に説明したつもりである。

そして教官たちにもう一度やってもらった。嬉しいことに今度は全員が合格点だった。

「さすがに教える立場の人達ですね、飲み込みが早かった」

同時に、3人には採点の仕方を教えた。日本は減点法で採点する。満点の100点から、ミスがあるごとに引き算する。60点以上とれば合格である。減点するポイントも詳しく話した。
だが、カンボジアは加点法が主流という。さて、加点法で採点するには何ができていたら何点加点するかの基準を作らなければならない。これは改めて話し合うしかない。

しかし、教えるべきことは教えた。教官たちは実技も合格した。これで生徒の指導ができるだろう。野村さんは大役の一端をし遂げたと思った。

写真=カンボジアの人たちに3級検定の実技に挑んでもらった

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