造色 小池染色の3

【気遣い】
小池染色には8台の染色機が設置されている。どれも日本製で、独自の改良を加えている。求める色が出せて精錬が終われば、染色機の出番だ。
染色機には2本から8本の噴射管が突き出している。多数のノズルが開いており、ここに綛になった糸をかける。下には染料を貯めておくプールがあり、蓋を閉めてスイッチを入れると加圧、加熱が始まり、やがてプールの染料が吸い上げられて噴射管の穴から噴き出し、糸を染めていく。か綛になった糸は自動的に回転してまんべんなく染まる。染める糸によって温度と圧力を変えるのはいうまでもない。かかる時間はおおむね30分から2時間。

この染色工程でかせ染めは二律背反に陥る。
かせ染めの泣き所である糸の傷みやすさを避けるには2つの方法がある。

①糸は噴射管の周りで回転して染めムラを避ける。この回転速度を落とす。

②ノズルから吹き出す染料の勢いを強めて染色時間を短くする。

しかし、①では回転を落としすぎると色むらが出てしまう。②だと緩く巻かれた糸が乱れ、乱れたかせが噴射管の周りを回転すると傷つきやすい。①と②を突き詰めて染色工程の時間を短くするのだが、短くしすぎると薄い色に染めるときは色の乱れが出やすい。

そして、気を遣わねばならないのは糸の傷みだけではない。色である。テスト段階では見本と同じ色に染まった。同じ配合の染料を使ってはいるのだが、ビーカーと染色機では条件が違う。同じ色に染め上がるかどうか。

「だから、10分に1回は機械を止めて染まり方を点検します。染色途中の色で染め上がりの色を見通して判断するんです。これも一種のノウハウなんでしょうねえ」

糸の種類、糸の太さ、色、その日の気温、湿度など様々な要因で変わる条件をギリギリまで突き詰め、究極の妥協点を探る。そして、点検を欠かさない。染色とは実に神経が疲れる仕事なのだ。

造色 小池染色の2

【色を産む】
思い起こしてみれば、

「このあたりでいんだろう」

と、どこかで妥協していたような気がする。色を造り出す染め屋としての厳しさが足りなかったのではないか?
それに、染料の色数はどんどん減っている。日本のメーカーが生産基地にした中国で環境問題が起き、閉鎖する工場が増えたためだ。だから出来合いの色は当てにできず、三原色である黄色、赤紫、青緑から必要な色を作る時代になった。あの機屋さんに納めた絹糸も自分で見本通りの色を作ったと思っていた。それが違うという。私の色感は充分育っていないのか。
色は染め屋の生命線である。それが不充分だということは……。

美術展に足繁く通い始めた。色感を鍛えるために、世界中の名をなした画家たちが命を削るようにして産み出した数多くの色をこの目に焼き付けようと考えた。名画を産み出した画家たちはどんな色をキャンバスに表現してきたのか。
子どもの頃から絵に関心を持ったことはない。美術全集なんて開いたこともなかった。だが、足繁く通ううちに少しずつ画家の人生がが自分の中に入ってくるような気がしてきた。

「フェルメールに特に惹かれました。ああ、ゴッホもいいですねえ」

色感を磨いただけでは仕事につながらない。求められる色を作り出すのが染め屋の仕事でなのだ。どんな割合で三原色を混合すると必要な色が出せるのか。前にも増して研究に熱を入れた。

「何しろ、染料はメーカーによって成分が微妙に違うようで、うちで使っている染料で見本で持ってこられた色と同じ色を出すのは容易じゃありません」

造色 小池染色の1

【染色】
糸や布に色を付ける工程。糸の段階で染めるのを先染め、織り上がった布に色を付けるのを後染めという。
先染めには2つの手法がある。ボビン(糸巻き)にきつく巻かれた糸を染めるのをチーズ染めという。使われるボビンには数多くの穴が開いており、この穴と外から染料を勢いよく吹き付けて染める。かかる時間が短いため糸が傷みにくくてコストも節約できる一方、巻かれた糸の外側と内側で色が微妙に変わる染めムラができやすい。
緩く巻いて束にした糸を綛(かせ)といい、この状態で糸を染めるのを綛染めという。染色機には染料を吹き出すノズルの開いた横棒が出ており、綛をこの棒にかけて回転させながら染める。時間がかかるため糸が傷む恐れはあるが染めムラができにくく、高級な染め方だとされる。小池染色は先染めの綛染め専業である。

【絹なら小池】
いま、絹糸をかせ染めするところが本当に減った。リスクが大きいのである。絹糸は糸の本体であるフィブロインをセリシンというタンパク質の層が包んでいる。セリシンは光沢がなく肌触りもゴワゴワしている上に染まりにくい。だから、先にセリシンを取り除いて染める。だが、保護層ともいえるセリシンを100%落としきると、むき出しになったフィブロインが染色の過程で切れて毛羽が出やすい。毛羽が出た絹糸は織りにくい。だからいくらかセリシンを残すのだが、どの程度まで残すかで染まり方が変わる。
注文された色に染めるにはどの程度落としたらいいのか。毛羽が出たり色が違ったりすれば、不良品として引き取ってもらえない。1度事故があれば100万円単位で損がでる。だから引き受けたがらない染め屋さんが多くなった。

刈り取る 蛭間シャーリングの1

【シャーリング】
英語で書くとShearing。「刈り取る」という意味である。タオルは表面に糸をループ状に出している。高級タオルになるとこのループの先を刈り取って平らにし、ビロードのような肌触りを生み出す加工をする。この工程がシャーリングである。
絨毯でも同じ加工をしたものがある。また、日焼けした絨毯は焼けた表面をシャーリングし、新品の色、質感を取り戻すこともある。
こうしたシャーリング加工は服地に対しても行われる。刈り取ることを前提とした糸を特殊な手法で織り込み、シャーリングしてアップリケや刺繍をくっつけたような模様を残したり、ビロードのような質感に仕上げたりする。蛭間シャーリングの得意技である。
工程が増えるため価格は上がる。高級服地に使われる手法である。

(ボルペンで浮かせたところが刈り取り用の糸。シャーリングすると下半分のように仕上がる)

【罰金は当たり前か?】
織り上げられた服地の経糸(たていと)、緯糸(よこいと)は、当たり前のことだが、端から端までつながっている。途中で糸が切れていれば不良品だ。
刈り取られる糸も、最初は端から端までつながっている。刈り取る部分は経糸と緯糸が交差しておらず、経糸、または緯糸が生地から浮いた状態で並んでいる。この浮いた糸を切断しないことには刈り揃える作業ができないから、この工程はまず浮いた糸の一部を切断することから始まる。

カミソリの刃を上向きに並べたような機具で浮いた糸を、多くは手作業で切断する。特殊な用途の道具なので市販されておらず、蛭間シャーリングは鋸鍛冶職人に特注した。人には見せたくない特殊用具だ。作業効率を上げるため、数枚から10枚近い「カミソリ」が並んだ形になっている。
シャーリングする布地は切断する糸が生地から浮いており、生地とこの糸の間に機具を差し込み、前後左右に動かして糸を切る。

この作業が終われば、巨大な掃除機のような機械で吸引してシャーリングする糸を立たせ、芝刈り機のような刃で指定通りの長さに刈り揃える作業に移る。

刈り取る 蛭間シャーリングの2

【「私、威張るようになりました」】
なぜ事故が起きるのか。それまで蛭間さんは父・清さんと口論しながら様々に原因を考えていた。最終的に行き着いたのがカットするための器具である。これに原因がある!
この器具に並んだ刃は生地とカットされる糸の間に入り込まねばならない。そのため、ガイドとして先端に針金の輪っかがある。お父さんが考案したもので、確かにガイドの役割は果たしている。
しかし、蛭間さんの目には

「まだ突き詰め方が不十分」

と見えた。中空の輪っかのため、作業を続けていると切断されて細切れになった糸がこの輪っかに集まり、綿ごみのようになってくっついてしまうのだ。これが生地に引っかかったり、カット用器具を生地と糸の間に運ぶ邪魔になったりしているのではないか?

(番左が、ハンダで埋めたガイド)

蛭間さんはこの輪っかをハンダで埋めてみた(写真)。中空部分をなくしたのである。

事故率がガクンと下がりました」

次の改良は、カット用器具の取っ手の前後にあった刃を、片方だけにしたことだ。前後に刃を付ければ、動かせば行きも帰りも糸を切ってくれるから効率が上がる。これも父・清さんが考案したものだった。だが、効率が上がる分、事故も増えるとみて片刃にしたのである。これも劇的に事故を減らした。

最後に手がけたのが、刃である。それまでよりずっと高価な、チタンでコーティングされた高級刃に変えたのだ。刃の切れ味がよければ糸を引っかけることもない。切り残しも減るはずだ、と考えたのである。これも効果を挙げただけでなく、刃の持ちがよくなったという副産物までもたらしてくれた。
これだけの改良で事故がほぼゼロになった。

事故率の激減は、単に「罰金」の負担をなくしただけではない。やや大げさに表現すれば、シャーリング業の体質を変えた。

それまでシャーリング業には、納期はあってもないようなものだった。発注主の機屋さんはとりあえず納期は示すが、それより2週間、3週間遅れるのは当たり前の世界だったのだ。作業中に必ずといっていいほど事故が起きるのだから、それはやむを得ない遅れだったともいえる。
それが、事故率が限りなくゼロ。

「納期をきちんと守ることができるようになったんです。作業工程がきちんと組めるようなったと機屋さんから喜ばれました。ええ私、その頃から少し威張り始めました」