「平賢」の、静かなる暴走
第4回 群馬県ふるさと伝統工芸士

「平賢」の、静かなる暴走

「群馬県ふるさと伝統工芸士」は、1999年に始まった制度である。県はその6年前から「群馬県ふるさと伝統工芸品」の認定を始めており、その製造に従事し、高度な伝統技術、技法を持つ作り手を、知事が認定することになった。

群馬県のホームページによると、認定要件は次の通りだ。

  • ふるさと工芸品の製造に関する高度の伝統技術・技法、知識を有し、その維持及び発展に努めていること
  • ふるさと工芸品の振興に係る事業の推進等に貢献しており、かつ今後も貢献できること
  • 後継者育成に熱意のあること
  • 伝統工芸士にふさわしい高潔な人格を有すること
  • 経済産業大臣から指定を受けた伝統的工芸品の製造者でないこと

その「群馬県ふるさと伝統工芸士」は2025年10月現在、わずか73人。その列に、わずか41歳の小山哲平さんが加わった。2024年10月、小山さんが染めてきた「桐生手捺染」が群馬県ふるさと伝統工芸品に認定されたのと同時に、「群馬県ふるさと伝統工芸士」に選ばれたのだ。

「小山さん、経験が10年以上あると、伝統工芸士の認定を申請できます。やってみませんか?」

そんな話を耳に入れてくれたのは桐生市の職員だった。言われて、勘定してみた。捺染の仕事を始めたのは2007年である。ということは、もう20年近く続けていることになる。どうやら申請の資格はあるらしい。

「じゃあ、申請してみるか」

と考えたのは、決して名誉が欲しかったからではない。近年は子どもの日に鯉のぼりを揚げる家庭が減り続け、勢い、「平賢」の収入の大半を占めてきた鯉のぼりを染める仕事が目に見えて減った。そして、鯉のぼりの販売不振に陥った鯉のぼりメーカーは、捺染業者に支払う加工賃を削った。この工賃で引き受けないのなら他社に仕事を回すといわれれば、安値受注に応じざるを得ない。

「これでは赤字受注だ」

とは思った。が、社員の暮らしを支えるには仕事がどうしても必要だ。だから、「平賢」の収益の大半は小山さんが始めた捺染した手ぬぐいになっていた。幸い、少しずつ販路は広がったが、会社の経営を安定させるには、手ぬぐいの営業の幅をもっと広げなければならない。

「その営業の武器として、ふるさと伝統工芸士の肩書きが役にたつんじゃないかな、って考えたんです」

そんな思いで、すでに認定されている人たちの名簿を見てみた。桐生市でもすでに12人が認定されていた。どこかで名前を聞いたことがある著名人がほとんどだ。それに、はるかに年上の人が多い。しかも、範囲を全県下に広げても、捺染業で認定されている人は1人もいない。もし認定されれば、小山さんが捺染職人としての第1号になる。

「ああ、これじゃあ、私なんかが申請しても通らないんだろうな、って諦め半分で書類を出したんですよ。今年ダメなら、また来年出せばいいや、って」

全く自信はなかった。だから、申請したことすら忘れかかった頃、
何と、

「群馬県ふるさと伝統工芸士に認定する」

という通知が届いた。一発合格である。

こんな認定証が小山さんの事務所に架けてある。

「群馬県ふるさと伝統工芸士認定証
指定工芸品名 桐生手捺染
小山哲平殿
あなたは永年にわたり群馬県ふるさと伝統工芸品の製造技術の研鑽を積まれ高度な技術と識見を保持していると認められるのでここに群馬県ふるさと伝統工芸士の称号を贈ります
令和六年十月一日
群馬県知事 山本一太」

小山さんは群馬県ふるさと伝統工芸士になった。

写真=認定証を持つ小山さん

コメント