桐生えびす講

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桐生えびす講
その10 100年後を目指して

20世紀最後の年である2000年、桐生えびす講は100回目を迎えた。父の後を継いで世話人に就任した岡部さんはまだ総務ではなかったが、その頃から危機感を持っていた。桐生えびす講を100年先の子孫たちに引き継ぐのが自分たちの仕事である。だが、今...
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桐生えびす講
その9 主役は町衆

桐生西宮神社に定住の神主さんがいた記録はない。神社とえびす講をずっと維持・管理・運営してきたのは「世話人」と呼ばれる町衆である。神主さんがいたら、神事の執行はもちろん、華やかなえびす講の開催にも神主さんが東奔西走して準備を整えるのかも知れな...
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桐生えびす講
その8  関東一社(下)

繰り返しになるが、桐生西宮神社は明治34年、西宮神社に分霊を認めてもらってできた。西宮神社を名乗るところでこうした記録が残っているのは関東では桐生だけだ。隣の足利西宮神社は慶長8年(1603年)、時の代官が寄付を募って摂津国西宮大神を作った...
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桐生えびす講
その7 関東一社(上)

ある経営書によると、自分の会社にある「No.1」を探すのは,経営計画の入り口である。製品の品質の高さなのか、最新鋭の生産設備と効率的な生産システムによる価格の安さか、それともデザイン力か。満天下に「我が社のこれはNo.1です」と胸を張れるも...
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桐生えびす講
その6 関東一

桐生えびす講は「関東一の賑わい」を自称する。関東一? 目を東京に移せば、三社祭、神田祭など、人であふれかえる祭りは数多い。明治神宮や浅草寺には300万人前後の初詣客が押し寄せる。では、桐生えびす講は?かつては「40万人の参拝客」といわれたこ...