Knitting Inn・目次 2026.03.08 Knitting Inn 「養子」として迎えたブランド名を、世界が認める「美」へと育て上げた不屈の物語。パリの見本市からプラド美術館での快挙、そして憧れのカンディンスキーへ。色彩の魔術師が挑む、感性と職人技の飛躍の記録。 第1回:会社を閉じよう 「兄貴、もう畳もう」。低価格競争の嵐の中、どれほど歩いても注文が取れない。廃業するか? 第2回:「遅かった」だけ 加速する海外生産と低価格の波。優秀な職人から解雇せざるを得ない苦境に。NYの成功の陰で、会社は沈みかけていた。 第3回:ニッチマーケット 「うちの技術が潰れるはずがない」。美術館での成功をヒントに、隙間市場へ挑む新たな生存戦略へ。 第4回:苦し紛れ 問屋頼みを脱し、消費者に直接売る。敵を増やすリスクを承知で選んだ、後がないからこそ踏み出せた。 第5回:美術館 全国600の美術館を狙え。旅費すら惜しい窮状の中、電話と「NYでの実績」を武器に反撃が始まった。 第6回:スタートダッシュ 「NYで実績あり」。なりふり構わぬ必死の電話営業に、美術館側が次々呼応。快進撃の幕が上がった。 第7回:手作り 資料はゼロ、資金もなし。素人写真と手書きの文字をコンビニでカラーコピーした、手作りの資料で勝負。 第8回:大原美術館 手書き資料が次々と扉を開く。名門・大原美術館も即決。自社ブランド比率が高まり、黒字転換へ。 第9回:養子 ブランド名は「養子」だった。他人の挫折を拾い、大切に育んだ「KNITTING INN」。 第10回:ワシリー・カンディンスキー パリで出会った抽象画の巨匠。キャンバスに踊る多彩な色と形に魅せられ、色彩の魔術師への道が始まった。 第11回:KNITTING INN 記憶の底から蘇ったブランド名。中学時代の英語の教科書が繋いだ「宿(Inn)」の響き。これしかない。 第12回:タタグとネーム 「2万枚は必ず売れる」。資金難から自らデザインしたロゴを掲げ、確信と共に自社ブランドが産声を上げた。 第13回:大波が来た 突然のテレビ放映で事務所はパニック。鳴り止まぬ電話、溢れるFAX。日本中が松井の色彩を求め始めた。 第14回:第二波 止まらぬ注文。二度のテレビ放映を経て、松井ニットは「知る人ぞ知るブランド」として確固たる地位を築いた。 第15回:あいちトリエンナーレ 「日本を代表する美」へ。国際美術展の公式グッズに選ばれ、減収増益という理想的な自立を果たす。 第16回:コートールド美術館 ロンドンの名門が「KNITTING INN」の名を認め、全量買い取り。桐生の技が欧州の市場へ。 第17回:メゾン・エ・オブジェ 国の支援でパリの国際見本市へ。世界のバイヤーが集う地で、スペイン・プラド美術館との運命の出会いが。 第18回:プラド美術館 憧れの殿堂へ。スペイン語で直接交渉に挑んだ敏夫専務。神が与えた好機を掴み、運命の歯車が回り出す。 第19回:絵画をマフラーに 名画をマフラーにする独創的な提案。親交は深まるも商談は進まず。名門の厚い壁に、焦りと弱気が募る。 第20回:初注文 念願の初注文。名画をイメージしたマフラーは絶賛され、改良を経て300本がスペインへ旅立った。 第21回:浮世絵展 浮世絵の褪せた色ではなく、江戸の役者が纏った「真実の色」を。智司社長の深い感性が名門を説得した。 第22回:プラド美術館の敬意 (要約)「日本の色は日本人に任せる」。社長の見識に名門が敬意を表し、特製タグの採用と追加注文が即決された。 第23回:バルタサール・カルロス王子騎馬像 日西修好150年。プラドの至宝をマフラーに。信頼が結んだ異例の公認で、名画の色彩が桐生の織物に宿る。 第24回:グッケンハイム美術館 難題の「騎馬像」を制覇。次はカンディンスキー。憧れの地を目標に据え、ミッソーニ超えへと挑み続ける。