大澤 紀代美さん・目次

大澤 紀代美さん:ミシンの魔術師

1日20時間の修行と左目の失明を乗り越えた「現代の名工」。横振りミシンを自在に操り、肖像画や背景まで埋め尽くす刺繍画を創出。世界のデザイナーを魅了する。針を絵筆に替えて「美」を紡ぎ続ける唯一無二の刺繍作家である。(全21回)

第1回:開拓者刺繍職人として初の「現代の名工」や黄綬褒章に輝いた。「内職」と軽視された横振りミシン刺繍の芸術性を、パリ個展などで世界に知らしめた。17歳でミシンに絵心の光を見、いまも刺繍の地平を切り拓き続ける。
第2回:日中の架け橋1972年、国交正常化目前の中国へ、大澤さんが縫い上げた周恩来総理の肖像刺繍が贈られた。「本質」を写し取った一作は総理を感動させ、返礼に貴重な両面刺繍が届いた。
第3回:肖像刺繍「自分だけの作品」を求め、19歳で肖像刺繍に挑む。光の当たり方で色を変える瞳や髪の流れを糸で再現する技を確立。王貞治や田中角栄など、人物の本質まで縫い上げる技が評判を呼び、国内外の著名人へ贈られる。
第4回:背景大澤さんは背景まで刺繍で仕上げる。糸の方向や生地の張り方が少しでも狂えば段差が生じる難作業だが、19歳からこの独自の挑戦を始めた。広大な空間を色彩豊かなグラデーションで埋め尽くす技は唯一無二である。
第5回:プレタポルテ1970年代、世界的なデザイナーのエマニュエル・カーンから刺繍の依頼が届く。日本の生活習慣に合う緻密なカットワークを開発。パリの伝説的職人ルサージュとも共鳴し、超一流デザイナーから頼られる存在となった。
第6回:デザイナーたち小西良幸氏や山本寛斎氏ら、日本を代表するデザイナーから「君にしかできない」と頼られ、パリや東京のコレクションを支えた。難解なコンセプトを卓越した技と感性で具現化し、刺繍を芸術の域へ押し上げた。
第7回:個展1976年、大手町での「国際アート展」。招待されて出向くと、会場を独占する自身の作品群と、琴や茶の湯、そして各国の外交官たちだった。左目の視力を失いながらも、仏像に託した「やさしさ」が海を越え、世界に認められた初の個展となった。
第8回:パリ1993年、刺繍糸メーカーらの支援でパリ個展を開催。ルサージュら世界の巨匠と交流しつつも、自身の会場よりルーブル美術館へ日参する。権威に執着しない彼女が、群馬県庁での個展で最も誇ったのは、教え子たちが手作りしたイーゼルだった。
第9回:銀のさじ織物の街・桐生の豪商の長女として、乳母日傘で育った。厳格な母の躾に抗う奔放さを見せる一方、5歳で料亭の女将を唸らせるほど人の心に寄り添う機転も。豪奢な「美」に溢れた環境が類まれな感性を育んでいく。
第10回:絵画人形遊びより工具や野球に熱中した少女時代。書生の芸大生からデッサンの基礎や光影の表現を学ぶ英才教育を受けたが、学校では常に「自己流」を貫いた。型にはまることを拒み、己の感性のみを信じて突き進む姿勢が、のちの独創的な作品群の礎となる。
第11回:大将中学で「大将」と呼ばれ、不良すらなだめるカリスマ性を発揮した大澤さん。父譲りの親分肌と母譲りの感性を備えた少女は、中学2年で「学歴は不要」と断言。画家やデザイナーの夢を叶えるべく、高校進学を捨てる。
第12回:出会い17歳の春、嫌々訪れた刺繍屋で運命が変わる。生地に絵が浮かび上がる様に魅了され、ミシンを「絵筆」と直感。「これでいい絵を描く」と心に決め、翌日から始業2時間前に出勤しミシンを磨き上げる。
第13回:20時間「技は盗むもの」という職人の世界で、1日20時間ミシンと向き合った。持ち前の絵心と執念で、わずか2ヶ月で先輩を抜きトップの座に就く。夢の中でもミシンを操り、虎の目に命を吹き込む方法を追求し続けた。
第14回:独立19歳で独立し、父を社長に20人の女工を率いる現場責任者となった。事業は急成長するが、注文通りの「お仕着せ」を縫う日々に葛藤が深まる。睡眠時間を削り、世界初の試みである「肖像刺繍」へと踏み出した。
第15回:解散経営重視の父と作家性を求める大澤さんの溝が深まる中、不渡りや負債が発覚。絶望の中で現場を放り出し、自身の作品作りに没頭する。1972年、父の急逝で会社は解散。最大の試練と崖っぷちに立たされた。
第16回:3つ目の不幸家も財産も失い、母と2人での再出発。愛機「GOLD QUEEN」を手に腕一本で生き抜こうとしたが、3つ目の不幸が襲う。左目の網膜炎。8万人に1人の難病は、色彩の天才から視界を奪い「失明」の宣告を突きつけた。
第17回:死のう左目の治癒は絶望的、右目さえも失明の危機。母を支える唯一の手段を失う恐怖から自死を考え悩み抜いた。だが、「両目がダメになるまで」と決断を先送りし、難病の研究に協力しながら光を繋ぐ過酷な闘いに。
第18回:悲母観音失明の恐怖と戦いながら「自分には刺繍しかない」と心の底から納得する。そこへ届いた、新設の児童養護施設の「悲母観音」の依頼。医師に固く禁じられたミシンへの執着と、園長の熱意。命を削る新たな挑戦へ。
第19回:右目は助かった!失明の覚悟で「悲母観音」の制作に没頭。禁じられたミシン作業に右目が悲鳴を上げるが1年かけて大作を完成させる。すると奇跡的に病状が回復。死の淵から生還した彼女は、「刺繍作家」へと完全に転生を遂げた。
第20回:そして、いま画業60年を超えてなお「もっと縫いたい」と渇望する大澤さん。現在は後進の育成に心血を注ぎ、500人以上の教え子に技術とミシンへの愛を伝えている。「私を追い抜く子が出てほしい」と願いつつ、自らもさらなる高みを目指して針を動かし続ける。
第21回:番外編メディアの寵児として多くの著名人と交流し、力士の化粧回しや神社の奉納画も手がけてきた。中でも「えびす様」の刺繍には、幼い頃に父と歩いたえびす講の温かな記憶が宿る。彼女の作品は、時代を彩るスターから故郷の神事まで、広く深く愛され続けている。