2021-08

松井ニット物語

その2  訪れたバイヤー

話を元に戻す。いま思い返せば、何とも要領を得ない会話だった。だが、松井ニット技研が多くの人の賞賛を受けるマフラーメーカーになる歴史は、この突然の電話から始まったといってよい。しかし、敏夫専務はその美術館を知らなかった。それも電話の受け答えに...
松井ニット物語

その1 かかってきた電話

「松井ニット技研様でしょうか。突然お電話して失礼します。実はお願いがあってお電話を差し上げているのですが、いまよろしいでしょうか?」松井智司社長、敏夫専務の記憶によると、桐生市本町4丁目の松井ニット技研の事務室で電話が鳴りだしたのは、確か1...
はじめに

はじめに

「松井ニット物語」は昨日(2021年8月23日)まで、松井ニット技研のホームページに掲載されていました。松井ニット技研は何度もテレビ、新聞で取り上げられたのでご存知の方も多いと思います。松井ニット技研が産み出し続ける色彩あざやかなマフラーや...
ワザ

「私、加工屋のおっちゃんです」
Tex.Boxの3

【独立】営業は順調だった。東京からデザイナーやそのアシスタントを同行して富士吉田市の工場に通った回数は数え切れない。そして、営業担当だった澤さんも、いつしかニードルロッカーの操作に習熟した。デザイナーと一緒に新しい布地を創る仕事は天職といい...
ワザ

「私、加工屋のおっちゃんです」
Tex.Boxの2

【ニードルパンチで服地を】澤さんによると、ニードルパンチという加工技術に注目したのは、山梨県織物整理株式会社の渡辺明弘社長だった。英国に出張した際、見慣れないマフラーに出会った。どう見ても織り柄ではなく、ブリンとされた柄でもない。聞くと、と...